第8章「満月と三日月」【5】
「言っただろう、奴らは強いと。私とて正規兵の端くれだが、敵の技量を把握していないのに剣を合わせるつもりはないよ」
そんな風にトミア兵は、しれっと言ってのけた。
「てめえ、それでも国軍か⁈」
「誤解しないでくれ。君は経験と実績を積んだ、れっきとした賞金稼ぎなんだろ? だったら、お目当ての賞金首が強いかもなんて覚悟は出来てるはずだよな」
アミネも眉間に皺を寄せる。
「まあ、自己責任という奴だ」
「賞金稼ぎなら、どうなっても構わんって事か⁈」
「それでは正規兵失格だな」
トミア兵が何を言いたいのか、エルスにも理解し難い。
「賞金稼ぎだからという差別はしないよ。だけど私はゼオンとエルス、君たち二人を見てピンときたね。相当剣技に長けているに違いないって」
ここに来て、褒めた。
「コソ泥が賞金稼ぎを狩る連中の一人だったとしたら、当然強い。しかし君らも強い。極端な実力差がなければ、簡単に負けたりはしないだろうと思ったんだ」
バンッと机を叩いたのはアミネである。
「呆れたわ! それだって十分に無責任じゃない!」
「…そうかな? 現に君たち二人は剣を持った六人を相手に、かすり傷一つ負わずに撃退したじゃないか。私の目に狂いはなかったと確信したところだよ、たった今ね」
そう言ってトミア兵はイタズラっぽく笑う。
可愛くないが。
どうにも、住んでいる世界がまるで違うような気がしてならないエルスであった。
「ところが、問題が起きた」
急にトミア兵の声色が変わった。
「言うまでもなく、ノネレーテの部下たちだ。彼女曰く、彼らは剣の腕は三流以下なんだとさ。十一人全員でかかっても、ノネレーテの足元にも及ばない」
頭領ノネレーテが彼らを甘やかして何もさせなかったのが原因だと、トミア兵は言う。
「じゃあ、今一番危険なのは“三日月と入道雲”のみんなだという訳ですね?」
ここでぐずぐずしている事こそ、一番の問題ではないかと思われた。
この間に“三日月と入道雲”の面々がコソ泥と接触しないなんて保証はどこにもないのだ。
「まあ、順位をつけるなら一番かな。…あー、いやいや、確かに“問題”とは言ったけど、火急ではないんだよ、本当に」
「もういい、もったいぶってないで、さっさと話せ」
ゼオンはくたびれた様子で、もう座っている。
「彼らの近くには私の知人がいてね、彼らが危険な方へ行かないように、ちゃんと誘導するようになっている。コソ泥がそんなところに出没するはずないような方向へ。だから心配はいらないのさ」
「そんな事をするより、彼らに危険だと伝えて今すぐコソ泥を探すのを辞めさせた方が良くないですか?」
「彼らには動いてもらわないと。なぜなら、賞金稼ぎがいるとコソ泥に意識してもらわないと困るから」
コソ泥と出くわさないように誘導はするが、その存在は感じてもらわないといけない。
「本来なら、君たちにやって貰いたかったっていう話なんだよね」
「知るかよ」
「ノネレーテさんは、この事を知っているんですか?」
「話してないよ。こんなの知ったら、さすがに怒るかもしれないし。都合よく駐屯所に居座ってくれてるし」
今度はアミネが徐に立ち上がる。
「行きましょ、エルス」
「はい」
「ゼオン、その人をお願い」
アミネとエルスは部屋を出て行った。
「えっと…」
ゼオンは、エルスより気づくのが遅かった。
「バラしに行くんだね? それでゼオンは私を足止めするって事か。ちょっと早いかもだけど。でもいいや、ノネレーテが動いてくれるかもしれないし」
「呑気な野郎だな。全部分かったようなつもりでいやがる。気に食わねえな」
「話がどう展開しても慌てない事、そうでなければ上には行けないよ」
「上って、お前駐屯所勤めの下っ端じゃねえか」
するとトミア兵は目を丸くした。
「そういえば、そうだった。すっかり忘れていたよ」
乾いた笑い声が部屋中に響き渡る。
「何だコイツ…」
“三日月と入道雲”の面々は、まだとある民家の張り込みを続けていた。
ここにコソ泥が戻ってくるはずだと信じて。