第8章「満月と三日月」【3】
賞金首のコソ泥ではなく、盗品を専門に扱う商人を探すのは遠回りになるのではないかと迷いが生じたパレムである。
ところが、思いの外その商人はあっさりと見つかったのだ。
部下たちが頑張ったのだとパレムは前向きに捉える事にした。
どうやら聞く場所聞く場所で商人の情報を得られたらしい。
商人の居場所へ警戒を強めながら向かってみると、案外ごく平凡な民家に住んでいるようだった。
「なんだい、見かけない顔だな」
むしろ商人の方からは警戒心の欠片も感じられなかった。
「まあいいや、中に入りなよ」
流石にうますぎる、家の中に入った所で襲われるのではないかとパレムは身構えた。
そんな思いとは裏腹に、彼の部下たちはさっさと中へ入って行った。
「おい、こら…」
仕方なくパレムも最後に続く。
彼らはめいめい椅子に腰かけ、盗品専門の商人と対峙する。
まずパレムは彼の目の前に皮袋を置く。
「おや、何を盗んできたのかねえ?」
商人は皮袋の口を開いて中を覗く。
「盗品ではなく、金だ」
仲間を確認した商人は、すぐに察したようだった。
「うむ、何を知りたいんだい?」
そこでパレムは価値の低いものばかり売りに来る者はいないかと尋ねてみる。
追っているコソ泥は大して値の付かないような、見方によってはガラクタ同然のものを盗んでいる。
「ああ、あ奴の事だろうか…」
心当たりがあるように、商人は壁の方を見た。
「知っているのか?」
商人は皮袋を手に取り、懐へ入れた。
「比較的若い奴だ。時々ここへ立ち寄っては皿だの置物だのを売りに来るよ」
これまでに何度も売りに来るのだが、逸品などにはお目にかかった事などないと商人は言う。
「それでもさ、奴は私の言い値で満足して帰っていくんだ。ゴネたり粘ったらなんて一度もした事はないね」
苦労して盗んだものなら、少しでも高く買ってもらおうと交渉するものではないだろうか。
「特徴? そうだね、鼻がやたらとデカくて盛り上がっていたなあ」
ゼオンから聞いた通りだとパレムは高揚した。
「そいつの住処がどこか知らないか?」
そこまでは知らないだろうと思ったが、念の為。
「ウチの前の道を東へ進んで、赤い葉っぱが付いてる木を通り過ぎたらすぐの所にある家にいるようだが」
いとも容易くたどり着いた。
商人の言う通り、紅葉が半分ほど散ってしまった木の前を通り過ぎると、古めかしい、とはいえこの町では一般的な民家が一軒立っていた。
「どうするパレム、今すぐ踏み込むか?」
部下の一人が聞いてくる。
確かに、このままコソ泥を捕まえれば、これまでの苦労が報われるというものである。
「いや待て、奴がいるかどうかも分からんのだぞ。無策に動いて奴に気取られたら元も子もないじゃないか」
辺りは暗く、家の窓から明かりも漏れていない。
外出しているのか、中にはいるが寝ているのか、判断が難しい。
いや、そもそもこの家の住人がコソ泥なのかどうかもまだ確定していない。
「ここは慎重にいこう。奴にバレないようにあの家を見張るぞ」
地味だが仕方がない。
別に動いている仲間も呼び寄せ、交代でコソ泥らしき奴の家を張り込む事にした。
その上で当人の姿を確かめ、目当ての人物かを見極めなければならない。
早朝、ゼオンとエルスが朝の稽古に励んでいるところへ、トミア兵が訪ねてきた。
目的はもちろん昨日の殺人の件である。
「ああ、俺たちがやった」
すんなりとゼオンが認める。
だったらすぐに駐屯所へ報告に来ればいいのに、とトミア兵は言った。
「バレなきゃいいと思ってその場から離れたんだが、あんたは鋭いな」
「この町に、あんな太刀筋をつけられる奴はいないってのは私がよく分かっている。あんたらの顔が真っ先に浮かんだよ」
ゼオンは正直に、町中を歩いているところを尾行され、いきなり襲われたと話した。
「何しろ相手は六人で、こっちは三人だったが一人は剣もまともに振れない女だ。やるしかなかった」
詳しく教えてくれとトミア兵は二人と共に宿に入り、彼らの部屋へと向かった。
そこで聴取するつもりらしい。