第8章「満月と三日月」【2】
ただ、そのような事などどうでも良く、パレムにはもっと大きな関心ごとがあった。
「ノネレーテ、俺たちをあんたの子分にしちゃくれないか?」
突然の要請に目を丸くするノネレーテである。
既に彼の子分であった十名も驚きの顔でパレムを見つめていた。
「あーー、すまないが、私はこれまで一人でやってきた。これからもそのつもりでいるのだが」
断りを入れる彼女だが、パレムは引き下がらない。
「それは分かる。一人の方が気楽だものな。だけど一人じゃ無理だって事もあるよな! ほら、今だってそう、あんたの髪や服に着いた血を綺麗にしてるだろ?」
パレムの部下には女性もいる。
彼女たちがノネレーテを真っ赤に染めていた血を丁寧に拭き取ってくれていた。
「そうだな、それはありがたい。しかし、一人で無理な事はやらなければ良いだけの話ではないかと思っている」
「もちろん、その通りだ。一人で出来る事だけやっていても十分生きていける。だけどそれは、大勢いれば出来る機会を逃してしまうって事だ。それって、もったいなくないか?」
「もったいない、のか?」
「もったいないに決まってる! 一人でのんびり飯を食うのも良いが、大勢で食う楽しさを逃してる。一人で歌えば下手でも気兼ねなく歌えるが、大勢なら上手いのや下手なのを色々聞いて盛り上がれる。そんな生活を味わってみるのも、人生の中であっても良いんじゃないか?」
それは必要な事なのかと疑問に思ったノネレーテだったが、それを口にする前にパレムの言葉について考えてみた。
「なるほど、それは確かに経験がないな」
「今なら俺たち十一人が子分に、部下になる。いきなり大所帯だぞ、ワクワクしないか?」
環境が変わるという事について、これまで彼女はあまり考えた覚えがなかった。
「ふむ、試してみるのも良さそうだ。だが、あんたの部下は賛成なのか? いきなり頭領が変わるのだぞ?」
「嫌なら離れていくだけさ。何かが変わるって事に首を突っ込むのを躊躇っていたら、何も始まらない。やってみるだけ、やってみようじゃないか!」
パレムに口説かれた格好で、ノネレーテは彼らの頭領になった。
“満月と黒雲”という名も、好みではないという頭領の一言で“三日月と入道雲”と変更になった。
確かにパレムの言う通り、多勢で過ごす時間も楽しいものだと気付く事が出来た。
朝目覚めた時にも周りに誰かがいてくれる。
それがホッとする事なのだというのも経験した。
「しかし、そうなのか…?」
暗くなる駐屯所の中でノネレーテは自問自答を繰り返す。
そこへ疲れた様子のトミア兵が帰ってきた。
「忙しそうだな。事件でもあったのか?」
ランプに火を灯し、トミア兵は椅子にどかっと腰を下ろした。
「遺体が出た。斬り殺されたものだ」
「ほう」
「しかも二つ。そばに脚を大怪我した奴もいて、そいつはまだ生きていたから病院へ運んだよ」
「ほう、ほう」
「斬り口が違うから少なくとも二人にやられたんだろう。三人とも余所者のようだったから、良からぬ連中かもしれんが」
余所者、と聞いてノネレーテは少々不安を覚えた。
「遺体も怪我人もあんたの部下じゃない、それは保証する」
ノネレーテが独房に入れられた事を告げに行った時、トミア兵は彼女の部下の顔を見ている。
「そうか、なら安心だ」
とはいえ、物騒である事に変わりはない。
「怪我人は、誰にやられたのか言わなかったのか?」
トミア兵は被りを振る。
「知らないの一点張りだ。よっぽど恐ろしい目に遭ったのか、言いたくなさそうだった」
二人、と聞いて心当たりがない訳でもないのはノネレーテとトミア兵が一致する所だ。
「いや、彼らには恩義がある。私が疑うなんておこがましいな」
ノネレーテは手をひらひらと振った。
彼女の嫌疑が晴れたのも、エルスとゼオンのおかげなのだ。
「まあ、私もあの二人が無闇に人殺しをするとは思えん。しかし話だけは聞いておきたい。これが何かの火種になって、もっと大きな事件にならんとも限らんからな」
「それがあんたの仕事だものな」