第1章「ユドリカの苦難」【7】
すると少し離れた場所からも怒号が飛び交うのが聞こえてきた。
「呪術師の連中の所にも行ったんだな。女だけだと思って楽勝かましてたんだろうけど、向こうの方が危ないっての」
確かにミジャルの言う通り、ユドリカの者たちは酷い目に遭った。
ルジナとクワン、ソエレが眠る洞窟にも魔の手が忍び寄る。
人数はより多く、六人だった。
しかし既にテネリミから注意するよう指示をうけていたので、一人ずつ交代で起きていたのだ。
その時は最も若いソエレの番であった。
誰も来ないでほしい、早く交代になってほしい、彼女はそう願っていた。
しかし残念ながら彼らは現れてしまった。
とても恐ろしかったが、彼女は懸命に術をかけた。
ところが、何も変化が無いように思われ、ソエレは焦った。
「あれ、どうして俺はこんな所にいるんだ?」
六人の中の一人が急に高い声を出した。
周りの五人は慌てて黙らせようとするが、彼は口を閉じようとしなかった。
「何をやってるんだよ、みんな? さあ、家に帰ろうぜ!」
そしてまたもガーディエフ軍兵士が雪崩れ込み、六人を一網打尽にした。
何名かは抵抗した為、いくらかは殴られていた。
ユドリカには彼女らが呪術師だという情報が入っていなかったのだ。
ちなみにテネリミは一人洞窟だったが、彼女の事は呪術師だとバレていたので、誰も来なかった。
テネリミたちは夜明けを待ってからユドリカへ乗り込むつもりだったのだが、夜中のうちにユーゼフが現れた。
「帰りが遅いからもしやとは思ったが、まさかどちらも失敗しているとは」
落胆の色を隠さないユーゼフに対し、怒り心頭なのはビルトモスであった。
どういうつもりかとユーゼフに激しく詰め寄り、仲間の兵士たちに止められる光景があった。
「どういうつもりも何も、人質を取ってしまえばあんたらが動いてくれるだろうと考えたまでさ」
「それで女子供を狙ったと⁈ 自分たちは被害者だから何をやっても許されるとでも思ったか⁈」
多くの兵士が集まっていたが、ガーディエフの姿はない。
ヌウラ同様、ぐっすりと眠っているのだろう。
「ああ、そうだ。私たちは何の謂れもなくエギロダに虐げられて、ずっと我慢してきた。ただ奪われる日々だった。あんたたちが来た時、助けてくれるんじゃないかと希望を持った。だけどテネリミは終始私の話を真剣には聞いていなかったじゃないか! このままでは何も変わらないと思ったから、自分たちで行動に出たまでだ。それの何が悪い⁈」
当のテネリミは少しも悪びれた様子がない。
「ユーゼフ、私は貴方の頭の良さではなくて、人格を尊敬していたわ。だけど、すっかり変わってしまったのね」
捕まったユドリカの一人、素っ頓狂な声を出していた男が目を見開いた。
「ど、どうしたんだ? え、俺たちいつの間に捕まったんだ?」
ビルトモスは脱力し、項垂れていた。
「ユーゼフ、私たちはここを出ていくわ。あなたには付き合いきれないもの。それでも寝床を貸してくれたのだから、今夜の失態は不問という事にしてあげる」
「あんたたちはいいよな、好き勝手に何処へでも行けるんだから。だが私たちはこの地から動けない。先祖代々受け継いできた土地を手放せないんだ」
チッ、と舌打ちをかましたテネリミは、辺り一帯に響き渡るような声を出した。
「知らないわよ! それこそ貴方たちの“好き勝手”になさいな! これからもエギロダに搾り取られて、さっさと滅びてしまえばいいんだわ!」
それは流石に言い過ぎではないかと、周りの兵士たちはユーゼフに同情した。
「だけどね!」
まだ言うんだ。
「ビルトモスには謝りなさい。最後まで貴方たちを助けようとしていたんだから」
踵を返したテネリミは自分の洞窟へすたすたと戻って行く。
残されたユドリカの者たちやガーディエフ軍兵士は呆然としていた。
未明、ガーディエフ軍は荷物をまとめ、ユドリカを後にした。
ソエレは昨夜の武勇伝をルジナとクワンに誇らしげに語っている。
「もう出ていっちゃうのね。もっとゆっくりしたかったな」
何も知らないヌウラは、馬車に揺られながら呑気にそう呟いていた。