第7章「運命の出会い」【9】
左の太ももから右の太ももへ斜めに裂かれ、出血は大量である。
男は顔面蒼白であった。
「病院へ連れて行ってやらなくもないが、言わなくちゃならない事があるよな?」
「す、すいませんでした」
男は紫に変色した唇をわなわなと震わせながら謝った。
「そうじゃねえよ。どうして俺たちを襲ったのか、それを話せってんだ」
エルスも男を見下ろしていた。
アミネは背中を向け、やや項垂れている。
「レザ、レザナム様からの命令だ。賞金首の事を探ってる奴がいたら、痛い目に遭わせてやれって」
「レザナム? 誰だ、そいつは?」
男は気を失いそうである。
チッ、と舌打ちをしてゼオンは立ち上がる。
「行くぞ」
「置いていくんですか」
「仕方ねえ。これ以上は何も聞けそうにないからな」
最初に斬られ、既にピクリともせず倒れたままの男をゼオンは眺めた。
「いつまでもここにいたら、誰かに見られるかも知れねえ。そしたら面倒だろ」
そう言ってゼオンは一人で歩き出す。
エルスはアミネに声をかけ、その後を追った。
ホミレートの町の南西の端、半分朽ちかけた民家の中へ、男が二人駆け込んでいく。
先程ゼオンとエルスに斬られて敗走してきた奴らである。
逃げ出した時は三人だったが、後一人は腕からの出血が多く、途中で力尽きたようだ。
民家の中には別の男たちがいた。
その彼らは、出て行った時は意気揚々だったのに散々たる様で帰ってきた仲間に目を疑った。
「一体、何事だ⁈」
「レザナム様、すいません。あいつら、めちゃくちゃ強くて。俺ら、あっという間にやられちまったんです」
レザナムと呼ばれたのは一人だけまともな椅子に座っている大男である。
彼は自分の部下六人が、たった二人に惨敗したと聞いて表情を曇らせた。
「賞金稼ぎにそんな奴らがいるのか。こりゃあ、かなり不味いかもしれないな」
重傷の部下を手当てさせ、他の部下には一言二言命じて外へ行かせた。
「レザナム様、どうなさるおつもりで?」
別の部下が尋ねる。
「どうやら事は急を要するようだ。細かい事を確かめている暇はない。全員で賞金稼ぎを潰しにいくぞ」
民家から出たレザナムの部下はホミレートの町を出て、一路西を目指した。
しばらく行くと、岩に囲まれた窪地に辿り着く。
そしてそこには五十人を超える男たちが集まっていた。
ホミレートから来た男は一段高い位置に立ち、レザナムからの命令を伝えた。
「今から全員でホミレートの町へ行き、賞金稼ぎの野郎どもを退治する。仕留めた奴にはレザナム様からのご褒美があるぞ!」
男たちは雄叫びを上げる。
それから慌ててガチャガチャと支度を整え、我先にとホミレートの町へ向かっていく。
「ねえ、私に任せれば良かったんじゃないの?」
斬り合いのあった現場から離れてしばらくすると、ようやくアミネも落ち着いてきた。
落ち着いて、冷静に考えてみて、彼女はゼオンを問い詰める。
「いや、あれはだな…もう襲いかかってきてたから、間に合わないと思って…」
「尾行されてるって気付いた時点なら、まだ術はかけられたわ」
確かにその時間はあったかもしれない。
人通りの少ない場所まで賊を誘導したのはゼオンである。
という事は、かなり前から彼は賊の存在に気付いていたと思われた。
「奴らは違ったんだ。最初から殺気を放ってやがった。だから、旅の途中で盗賊をやり過ごすのとは訳が違ったんだって」
「あんな危険な真似するくらいなら、先に私の術が通じるかどうか試しても良かったんじゃない? それとも、私の事を信用してないの⁈」
すぐ喧嘩する。
ただ今回はどちらの言い分も間違っていないようにエルスには思えた。
以前にアミネから聞いたところによると、彼女の術は、相手に自分の事が気にならないようにするものなのだそうだ。
だから盗賊はエルスたちに近付いても特に意識する事なく、すれ違っていくのだ。
この場合、多少遠くにいても盗賊に術は届く、らしい。
実際これまでの旅路で何度もアミネの術に助けられてきた。
しかし今日はゼオンの言う通りなら、彼らは最初から狙われていた。