第7章「運命の出会い」【7】
諜報部でありながら、ミグラは有名であった。
少なくともバーグ地方軍にいるなら知らない者はいないだろう。
ヘルザダット副将軍の出世の影にミグラありと言われるまでに。
そのミグラが死んだ。
「ガセではないのか?」
いくらメイザロームの言葉とはいえ、ユドードは簡単には信じられなかった。
「…病気か?」
「殺されたのだよ」
ますます受け入れられない。
「どうやったらミグラを殺せるのだ?」
考えられるとすれば、途方もない数の敵を相手にして力尽きたぐらいのものだ。
「それだったら、まだいい。だが、そんな人数はいなかった」
さすがにユドードも焦れた。
「もういい、小出しにしてないでいっぺんに話してくれ」
「事の起こりは我が軍とリグの奴らとの揉め事だったようだ」
グイデン・バーグという町で、リグ地方軍の兵士がバーグ地方軍の駐屯所へ詰めかけ、捕虜を引き渡せと言ってきたのだ。
そして両軍が乱闘になり、その混乱の最中、駐屯所内でミグラは殺された。
「待て、じゃあミグラを殺したのはリグの奴らだってのか⁈」
ヘルザダットとその部下二名が目にしたのは、ミグラとリグ・バーグ軍の鎧を着た者が戦う姿だった。
「じゃあ、やっぱり…」
「ちなみに、その鎧はリグ兵が奪われたものらしい。だがそう言っているのはリグ側で、確証はない」
どちらにしてもバーグ側としては信用出来たものではない。
「捕虜も消えたらしい」
これもちなみにではあるが、メイザロームとユドードはバーグ側の人間である。
前任の副団長ロッグディオスはリグ側であった為、ユドードが副団長になるのは均衡が取れないとリグ側がごねたのは想像に難くない。
「ミグラを殺し、捕虜も奪った? いくら地方の町だからって、やる事が過激過ぎるだろう!」
仲が良くないとはいえ、同じ国の兵士がそんな真似をもし本当にやったのであれば、只事では済まされない。
「ヘルザダット副将軍は⁈」
「真っ直ぐ本城へ向かっているそうだ。そうなればネルツァカ副将軍と真っ向から対立する事になるだろうな」
怒りのヘルザダットがネルツァカと向き合えば、どの様な騒ぎになるかは計り知れない。
「俺たちはヘルザダット副将軍の味方をすれば良いんだな⁈」
メイザロームはユドードを睨み付けた。
「冗談でもそんな事を本城で口走るな。我々はあくまで団長と副団長だ。中立の立場を取らねばならん」
副将軍二人の間に入って、とにかくヘルザダットを冷静にさせねばならないとメイザロームは言う。
「リグの奴らがやった事を許せと言うのか? そんなの、我がバーグ軍が認めるものか」
「我々は中立だ。それに言っただろう、確証はないと。詳細を確かめる為、両軍の諜報員がグイデンへ向かったところだ」
「ネルツァカ副将軍はどうなんだ、まさか逃げたりしないよな?」
「個人的な希望を言うなら、逃げて欲しいと願うばかりだ。だが、あの方はそういう質ではない。どんと構えて待ち受けるつもりらしい」
これは確かに家出をした元副団長どころの騒ぎではないと、ユドードも納得した。
リグ地方とバーグ地方の亀裂が更に深いものになるのは、避けられないかも知れない。
将軍のお出ましだけで済めば良いが、下手をすれば国王にまで登場願わねばならなくなる可能性もあるとメイザロームは頭を抱える。
ホミレートの町、エルスたち三人は四人を手にかけた殺人鬼の手がかりを求めて、犯人を目撃したという証人の元へ向かっていた。
一人目の証人はアージュという中年の男だ。
彼の住む家へ着いたものの、彼は仕事に出ていると彼の妻が言った。
昼間である、不思議な話でもない。
幸いにも職場は近くにあると妻から聞いて、三人はそこを訪ねる事にした。
果たしてその現場にはすぐに辿り着く事が出来た。
アージュの仕事は大工で、今日は民家の壊れた壁の修理をしていた。
「大工と言っても、こんな細々した仕事ばっかりさ。新しく家を建てるなんて、ここ数年全くありゃしない」
顔の汗を手拭いで拭きながら、アージュは愚痴をこぼしていた。