第7章「運命の出会い」【6】
選ばれたと聞いて深い優越感に浸るノネレーテは、この文献に何が記されているのか、更に学者に尋ねた。
「そもそも作られた当時は、持ち主を選ぶなんて機能は付与されていなかったのだ。だが千七百年という途方もない長い年月を生き延びた“碧仙”は、いつしかまるで人のように意思を持つようになった」
この文献自体は四百年ほど前に出版されたものであるから、実際作られた当時の事は推測でしかない。
しかし文献の著者は、他の古代に作られた武具における共通点を見出しており、その結論に至ったのだろうと学者は言う。
「私はこの文献の著者に嫉妬していた時期があってね。何しろ古代の武具の実物を何種類も調べる事が出来たのだから。私は研究をしているだけで実物は一つもお目にかかった事など無かったんだ」
それが今日、ついに“碧仙”という美しい剣との対面を果たしたのだ。
この学者にとっても記念すべき一日になったと言っても過言ではないだろう。
「その後、今の仲間たちと出会って“三日月と入道雲”を結成した訳だが、それは別の話としておこうか」
ノネレーテの話を聞き終えたトミア兵は、益々興味深げに“碧仙”を眺めていた。
「本来なら話半分といったところだが、私があれほど重いと感じたのに、あんたは軽々と持っていたのは紛れもない事実だ」
信用せざるを得ないという表情であった。
リグ・バーグ国本城デ・ファルシオ。
騎士団長メイザロームの執務室には、再び副団長のユドードが押しかけていた。
「よく来る奴だな。副団長はもっと忙しくて、団長の執務室に来る事なんて滅多にないはずだが?」
「呑気な事を言っている場合ではない。昨今、おかしな組織が頭角を現していると諜報部から報告が入った。見てないのか?」
メイザロームは机の上に積まれた大量の書類の束を忌々しげに一瞥した。
「きっと、この中にあるんじゃないかな」
本国には大盗賊団が四つあったが、その全てが壊滅した。
小さな盗賊団は今でもそこら中にいるのだが、市民の生活を脅かすほどの脅威ではなくなっている。
諜報部の報告書には目を通していないメイザロームだったが、小さな盗賊団の中で目立った動きをしているのがいる、くらいにしか考えなかった。
「盗賊じゃないんだ。そいつらは、市民を襲う訳でも国軍に無謀な喧嘩を挑む訳でもない」
部屋に篭ってばかりのメイザロームは、たまには軍兵の訓練場にでも顔を出そうかなどと考えている。
「そいつらが狙うのは、賞金稼ぎだ」
「ふむ、賞金稼ぎ…か」
ユドードの言葉を繰り返しだけ。
「当然ながら指名手配された賞金首の連中が手を組んだ、といったところだろうが、こいつらが勢力を急速に伸ばしているらしい」
「それは…今に始まった事ではなかろう」
賞金首を捕まえに行った賞金稼ぎが返り討ちに遭う、それはこれまでの歴史の中でも数え切れない程起きている。
「そりゃあ、そうだ。たまたま賞金首の方が強かったとかはいくらでも、ある。しかし、今度は違うぞ」
狙われている賞金首の元へ他の賞金首が駆け付け、賞金稼ぎを確実に討ち取るのだそうだ。
単独で活動する事が多い指名手配犯たちが組織立って行動する、これは大きな問題になるのではとユドードは危機感を持ったのだ。
「まあ、そういう事なら、様子見だな」
「いいのか⁈」
「要は賞金稼ぎと賞金首がやり合っているという話だろう。お前の言う通りに市民に被害が出ないのであれば、軍が焦って介入する必要はないのではなかろうか」
かえって兵から余計な犠牲が出てしまうのが無駄だとメイザローム。
本国から抜け出しトミアへ行ったとされる騎士団の三番手ロッグディオスの消息は未だ不明であり、その事もメイザロームとユドードとの間では温度差があった。
「それについては、決して心配していない訳ではない。ただ、今はそれどころではないのだ」
その事など霞んでしまう程の由々しき事態が起きているのだとメイザローム。
「ヘルザダット副将軍の懐刀、諜報員のミグラが死んだ」