第7章「運命の出会い」【5】
駐屯所の独房は扉が全開となって、ノネレーテは自由に出入りが出来るようになった。
誰かが来た時には扉を閉めて姿を消す。
食事に関して、この町にある料理店で調理したものを持ってきてもらう事になっている。
独房に容疑者がいるような時は一人分追加してもらう訳だが、もちろん料金は支払うのだ。
本来は全てトミア兵が払うのだが、今のノネレーテは独房にいる必要がないのに居座らせてもらっている身であるという理由で、全て彼女持ちとなっている。
「かえって申し訳ないな。食費が浮いて助かるのが正直なところだが」
「無理を言って居候させてもらっているのだから、これくらいは当たり前だ。それに、金はある。気にせず頂いてくれ」
二人の食事が終わり、まったりとした時が流れている。
「ちなみに、あんたは私の剣に興味があるのか?」
不意にノネレーテが問いかける。
「…見ていたのか?」
驚いたようにトミア兵が彼女を見る。
「扉が閉まっている時だから、もちろん見てはいないが雰囲気で分かる。自分の剣が触られているってね」
決して責めている訳ではないと彼女は付け加えた。
「そうか、すまなかった。他人の物だと無性に興味が湧いて、ついつい手に取ってしまう癖があるんだ。私も兵士の端くれだから剣にももちろん手を伸ばしてしまうのだ」
だが剣だけではなく、他人の鞄などにも手を伸ばして相手に不快な思いをさせてしまうともトミア兵は言った。
「無意識にといっても、それは理由にならない。諍いの元になるからな。治さなくてはならない病気みたいなものだ」
トミア兵は自嘲する。
「それで、どうだった?」
「…え?」
「私の剣“碧仙”を触ってみた感想は?」
しょげてしまったトミア兵の為に、ノネレーテは少し話題を変えてみた。
「重かった」
「ほう」
「片手では持ち上げる事すら出来ず、両手で何とか。しかし運ぶとなると一人では難しい」
「ほう、ほう」
「今にして思い返せば、最初の時、あんたは自分でこの棚に剣を置いたな」
しかも軽々と、とトミア兵は記憶を遡っていた。
「私は片手で持ち運べるし、普段は腰にぶら下げている。そうは言っても、私が特段怪力無双の女って訳じゃない」
確かにノネレーテは筋骨隆々には見えなかった。
「“碧仙”は古代王国で作られた剣だ」
出会いは八年前、まだノネレーテが一人で活動していた頃である。
とある町の市場で、タダ同然で売られていた“碧仙”を見つけたのだ。
「嬢ちゃん、あんたじゃ持てないぜ」
店主は太った身体を揺らしながら彼女に忠告した。
「重すぎるから、これまで誰も…!」
言葉を失い、店主は目を見張った。
ノネレーテがその剣を軽々と片手で持ち上げていたからである。
「よし、気に入った。これは私が貰おう」
そんな柄じゃないが、彼女は運命の出会いだと感じた。
“碧仙”は、彼女に実力以上の力を与えた。
目にも止まらぬ速さで斬る。
どんな頑丈な剣でも叩き折る。
どれだけ長時間振り回しても疲れない。
無敵になったと思わざるを得ない。
それから三年後、愛刀の正体が僅かに知れた。
一人であちこちを旅していた時に偶然立ち寄った街の路上で、大学で剣の研究をしているという学者に出会った。
“碧仙”を見た学者は驚嘆の声を上げた。
「これは…! かの王国で作られた“碧仙”ではないか⁈」
「へきせん?」
学者が見せてくれというので、ノネレーテは快く剣を手渡した。
だが、学者には到底持てず、剣を両手で抱えたまま地面に仰向けに倒れてしまった。
「間違いない、文献に記されていた通りだ…!」
「大丈夫か、あんた?」
大学にある学者の部屋へ案内されたノネレーテは、そこで一冊の本を手渡された。
「千七百年前、この地に実在した古代王国ヨウレンジャルアで“碧仙”はつくられたのだ。青く、時には緑がかって見える美しい刀身という見た目の特徴も、剣が持ち主を選ぶという特性も、その文献に記された通りだよ」
「そう、なのか?」
「“碧仙”は君を選んだんだ。だから、君だけはこの剣を軽々と持つ事が出来る」