第7章「運命の出会い」【3】
「コソ泥を捕まえるよりも、かなり難しいですよね」
エルスの感想はもっともである。
そもそもこの町に立ち寄ったかどうかも怪しいもので、目撃証言は二件あるが、それが信憑性の高いものかどうかも不確かなのだ。
「待てエルス、お前まさか知らんふりするつもりじゃねえだろうな?」
エルスはちゃんと賞金首についての話をしているはずなのだが。
「じゃあ、どうするんですか?」
ゼオンがちらりと背後を盗み見ると、少し距離を取った位置にいた人物がピタリと足を止めた。
「あ、あれ、奇遇じゃない。ゼオンたちだったなんて気付かなかった!」
笑顔で明るく棒読みに喋るのは、アミネであった。
「お、おお、俺もびっくりだー! まさか後ろにアミネがいたなんてー!」
彼女に合わせようとしているのか、無駄に大きな声でゼオンが答えた。
二人の大根役者を冷めた目で見ていたエルスは、ばっさりとこう言った。
「アミネさん、僕たちに用事があって付いてきたんですよね?」
アミネの顔がみるみる赤くなる。
「ば、馬鹿、少しは空気を読めよ」
ゼオンは汗びっしょりに。
アミネは昨日の古本屋での出来事を正直に二人に語った。
「最初は私も眉唾物だと思ったのよ。だけど、なんだか、本に呼ばれたような気がしたの」
俯き加減で声も小さい。
こんなアミネを見る事なんて、滅多にない。
「それで、買おうと思ったんですね?」
もじもじと身体を揺らすアミネは、とても焦ったく感じられた。
「別にいいじゃねえか、買えば」
欲しい物があるなら買えば良いとはゼオンの本心である。
「だけど、安くはないのよ。十三冊もあるし」
この本はこの店にこの十三冊しかないし、世界中探したって見つかるかどうか分からないと古本屋の店主は言った。
値段を聞いてみてエルスとゼオンは驚いた。
確かに、その辺で見かける本とは値段において桁が違う。
「だけど買えない値段じゃねえだろ」
先のトミアでの騒動の後、三人はハシャルフからごっそりと報酬を貰っていた。
「それは大事な路銀でしょう。私のは、言ってみればただの無駄遣いだから」
呪術に関する内容“らしき”本の為に、路銀を減らすわけには行かないのだと彼女は言う。
まだまだ旅は長く続くのだから。
「衝動買いしなかったのは、偉いじゃねえか。別に、しても良かったのに」
「…うん」
ここまでを顧みて、エルスが気付いた。
「じゃあ、僕らの賞金稼ぎを手伝ってください」
今度はちゃんと気を違う事が出来たエルスであった。
「その報酬で本を買えば良いじゃないですか」
「…いいの?」
「そ、そうだな! 元々俺らも金が欲しくてやってる訳じゃなかったんだからよ! 報酬は全額、本を買うのに使えばいい!」
「ありがとう」
「礼なんか、いらねえよ! 俺たちは仲間だ! 仲間を助ける為に全力を尽くすのは当然のこったぜ!」
「ゼオンさん、声デカいですよ」
「まあ、それもこれも、この賞金首を捕まえられればの話なんですけどね」
この町にいるかどうかも分からない人物を探す。
これはとても難しい。
「なあに、大変なのは承知の上だ。全員で手を尽くして探し回って、もしも捕まえられたら目茶苦茶嬉しいんだぜ」
やってみない事には何も始まらないとゼオンは鼻息を荒くする。
まずは二件の目撃証言の真偽を確かめるべく、証人の元を訪ねる事にした。
一方、ノネレーテを除く“三日月と入道雲”の面々は、コソ泥の手がかり探しに苦戦していた。
盗みに入られた被害者宅を訪れて話を聞くも、思ったような成果を上げられない。
被害者は被害者で、あまり大した被害を被った訳でもないので、そこまで熱心に答えてくれる訳でもない。
ただ、ゼオンには地道に探していれば、いつか必ず手がかりを掴めると言われた。
その言葉を糧にパレムは気持ちを奮い立たせ、次に訪れた被害者宅では、これまでにない反応が返ってきた。
「盗まれた食器は両親の思い出が詰まった大切な物だったんだ」
とにかく目の色が違った。
こちらの質問にも熱心に答えてくれるし、盗まれた物があった部屋へも喜んで案内してくれたのだ。