第6章「ノネレーテは頭領です」【10】
ゼオンに一杯ずつ酒を奢ってもらったパレムたちは、そのまま夜まで酒盛りに突入、という事にはならなかった。
というより、パレムが強引に宴を打ち止めにしたのだ。
中途半端にしか飲めなかったと不満げな者もいたが、それを一々受け止めていたら、いつまでたっても賞金首を探しに行けない。
心を鬼にしてコソ泥の捜索に当たる事にした。
ゼオンから教わったのは、全員でぞろぞろ連れ立っていては効率が悪いという事。
十一人もいては悪目立ちする危険が高いのだとか。
怪しい集団がうろついているのが、もしもコソ泥にバレてしまったら意味がない。
そこでパレムは二つの班に分け、地味な聞き込みや被害現場での証拠集めに終始した。
とはいえ全員素人の集まりであるのだから、すぐさま結果に結びつくという程甘くはない。
と、ゼオンにも言われた。
それでも続けていくしかない、仮にまだコソ泥がこの町にいるのなら、手がかりは必ず現れる。
そんな言葉に勇気付けられ、パレムは地道に歩き回った。
するともう片方の班から、コソ泥は金持ちそうな家で盗みを働いていると報告が入る。
決して取り立てて目新しい情報ではなかったが、ちゃんと捜索をしているが故に共通点が見つかったのだ。
こんなに嬉しい報告はない。
目的もなく歩いていたアミネがふと立ち寄ったのは、一軒の古本屋であった。
自慢ではないが、字の読み書きが出来る。
生まれ故郷のヒャジャ・バーグ村で呪術師としての師匠ンレムに嫌というほど叩き込まれたからだ。
エルスも途中までとはいえ学校に通っていたので、そこそこ読み書きは出来るようだ。
問題はゼオンで、読むのも書くのもどうやら不得手らしい。
筋肉や剣技を鍛えるのに夢中で、学問というものをすっかり遠ざけていたようだ。
そんなもん出来なくても立派に生きていけるとゼオンは豪語するが、出来るに越したことは無いとアミネは確信している。
鬼教師であったンレムに、今となっては心から感謝しているのだ。
古本屋の店内には人の背丈より高い本棚が所狭しと並び、そこにはぎっしりと古い本が収められていた。
しかし本当に古いというばかりで、表紙も中身もボロボロのものが大半を占めていた。
しかも店内はカビの臭いと埃が充満していて、アミネは服の袖で鼻と口を塞いでおかなければ倒れてしまいそうだった。
それなら店を出てしまえばい済むことなのだが、彼女にその選択肢は無かった。
この本棚がもしも倒れてきたら、大量の本に生き埋めにされてしまうだろう危険性もあるのだが、アミネは離れられずにいた。
本棚の陰から不意に小さな老人がひょっこりと顔を覗かせた。
アミネは女性としては背の高い方ではあるが、老人の身長は彼女の半分くらいしかなく、どう見てもかなり小さい。
アミネは身構えたが、老人はこの古本屋の主人らしい。
「ようこそ、お嬢さん。何かお探しで?」
がらがらした声は若干聞き取りにくいのだが、不快感は一つもない。
「い、いえ、決して何か目的の本がある訳じゃなくて、むしろ何かあるかなーって感じで…」
「おや、おやおや…?」
徐に店主は顔と両の手のひらを天井へ向けて、ぶつぶつと何かしら唱え始めた。
すぐに終わると思ったのに中々に長く、少々気味が悪くなってきたのでアミネは場所を変えようと考えていた。
「おや、分かったよ、お嬢さん! あなたが探している本が、いいや本があなたを呼んでいると言った方が良いな!」
がらがら声はそのままに、勢いだけ良くなって話す店主にあっけに取られるアミネだったが、冷静になってみれば子供騙しの手だなと結論付けた。
「あ、あの、結構です。自分で見て回りますから」
「いいから、いいから! こっち、こっち!」
突如店主はアミネの手を掴んで引っ張った。
振り解こうとするも、その小さな身体の割に力はとても強かった。
アミネは身体を曲げたまま店主に引っ張られ、店の奥へと連れて行かれた。
まあいい、例えどんなインチキ本を売り付けられようとも絶対拒否してやると彼女は心に誓った。