第1章「ユドリカの苦難」【6】
「鼻息荒いわね。コルス軍と戦争でもするつもり?」
「そんな気はさらさら無い。腑抜けた連中に任務を全うさせたいだけだ」
「言っておくけど、私たちはコルス軍を改心させないし、エギロダを成敗もしないから」
まるで決定事項だと言わんばかりのテネリミである。
「それは…そんな事は、こんな所で決めるものじゃない。ガーディエフ様抜きでは、いかん」
洞窟まで持ち帰るつもりなのかと、大いに呆れるテネリミである。
洞窟に帰ってきたビルトモスが熱弁を振るう間、ガーディエフは斜め上の天井をぼんやりと眺めていた。
決して彼の話を聞いていない訳ではなく、むしろその内容からあれこれと考えを巡らせていたのだ。
「いかがでしょうか、ガーディエフ様。彼らの力になってやりたいと私は思っています」
ちら、とガーディエフは視線をビルトモスに向けた。
「さて、ユーゼフという御仁は人の性格を的確に見抜く才能がありそうだ。なあ、テネリミ?」
「まあ、ビルトモスの性格でしたら私でも見抜けますが。ただユーゼフはこんな小さな集落の長にしておくのは勿体ないくらいの人材です」
ビルトモスはガーディエフとテネリミの顔を交互に見比べている。
「そのエギロダ云々という話は、おそらくだがお前に向けて話したのだと思うぞ。テネリミではなく」
まだビルトモスには伝わっていない。
「悲惨な現状を聞いたら同情して助けてくれるだろうと見抜かれた、という事だ」
「わ、私はそんな単純な男ではありません」
単純じゃない、と口に出かけたが、思いとどまったテネリミである。
「この洞窟で、その、タルティアスという王子を待つというのなら、長期に渡って厄介になるという事だと思われます。その間、見て見ぬふりをしていては、我々もユドリカの人々に反感を持たれてしまうでしょう」
ユドリカの人々に恩を売れば、気兼ねなく居候させて貰えるではないかとビルトモスは訴えた。
「長く厄介になるというのも、話が変わってくると私は思うのだが」
食料の備蓄がない、というのが問題だとガーディエフは言った。
自分たちが持っている分だけでは、すぐに底をついてしまうだろうと。
「正直、ここの食料をアテにしていたのよ。それが外れたという訳なの」
金はあるが、買うべき現物がないのではどうにもならない。
「まさか、彼らを見捨てるおつもりですか⁈」
「別の滞在先を探すという選択肢も考えに入れねばならん」
ガーディエフの言葉に、テネリミは反対しなかった。
「とはいえ、だ」
ガーディエフはビルトモスではなくテネリミの方を見た。
「ユーゼフがテネリミの言う通りに頭の切れる人物なら、ここまでの我らの考えも想定内という所だろうな」
「確かに。ですから、彼は次の手を打ってくるかも知れませんね」
「次の手…?」
夜も更けた。
ガーディエフ軍も寝静まったか、洞窟のどこからも人の声が聞こえなくなった。
バドニアの隠れ家を後にしてから、ほとんどが野宿であった。
それが今、洞窟とはいえ天井がある場所に寝泊まり出来ている。
それが彼らをすっかり油断させてしまったのだろうか、今夜は見張りの姿さえ見当たらない。
洞窟の一つ、ヌウラも小さな寝息を立てている。
隣にはミジャルが同じように横になっていた。
その入り口に人影が現れた。
一人ではなく、二人、三人と。
その内の一人が小さな松明に火を灯す。
明かりに照らし出されたのは、ガーディエフ軍の者ではなかった。
その途端、あちこちから別の者たちが駆け寄ってきた。
最初に現れた三人は、直ぐに取り押さえられた。
ヌウラは眠ったままだったが、ミジャルはパッと飛び起きて入り口の方へやって来た。
「ユドリカの人たちだよな?」
ミジャルの言う通り、取り押さえられたのはユドリカの者たちであった。
取り押さえたのは、ガーディエフ軍の兵士たちである。
「本当に来るとは思わなかったけどな。ヌウラを人質にする奴が現れるかも知れないってテネリミが言ってたんだ」
正に、次の手に打って出たという訳である。