第6章「ノネレーテは頭領です」【9】
副団長から降格となったものの、ロッグディオスはリグ・バーグで三番目の騎士である。
そんな立場の者が他国でコソ泥のような真似をしていると知られたら、いよいよ国軍はいい笑い者となる。
「私の知る奴は、決して短気な方ではなかった。すぐに手をあげるとか実力をひけらかすなどするような男ではない」
「どうだか、人の物を盗んだのを咎められたらどうなるかなんて、あんたの知る所ではないだろう?」
僅かながら焦燥感に駆られたメイザロームではあるが、こればかりはどうしようもないと呟く。
「正直、軍部でも知る者は少ない。探索に当たっている諜報部の人間は、気心の知れた仲だ。無理を言って働いてもらっている。これ以上、誰も動かせんぞ」
「誰も、というのは軍や本城の人間に限った事だろう?」
今まで大声を出していたユドードが、急に声の調子を落とした。
「どういう意味だ?」
「俺にも“気心の知れた”者がいる。そいつに声をかけてみよう」
「待て、下手な者に任せて事態が悪化してはかなわんぞ」
「心配するな。それなりに上り詰めた奴だから、状況も弁える事が出来る。部下も幾らか従えているから、探索の手は広がるさ」
「一体、何者だ?」
「聞かぬが花という事もある」
不安顔のメイザロームを他所に、ユドードは自信に満ちた表情を向ける。
「心配いらんと言っただろ。あんたはどっしり構えて吉報を待っておけ」
そう言ってユドードは執務室を出て行った。
安心など出来るはずもないと思っていたが、代わりに入ってきた役人がまた書類の束を押し付けてきた。
正規兵として上り詰めたといっても、事務仕事が増えるばかりで目が疲れて肩も凝るだけである。
何をしているのだろうと天井を見つめるメイザロームであった。
二日酔いからやや脱却したアミネは、あてもなく町を歩き回っていた。
相変わらず寂れた様子の町である。
この町はどうやって収益を上げているのか、他人事ながら心配になる。
基盤となる工業も農業もなさそうなので、住民には大した仕事もないだろうと思われた。
ぼんやりと歩いていると、ゼオンが言った“呪術師は訓練をしないのか”という言葉が脳裏に浮かんできた。
学生なら教科書を片手に勉強し、剣士なら剣を振る。
じゃあ呪術師はどうしろというのか。
まさかすれ違う人に術でもかけろというのか。
呪術師にだって倫理観はある。
ゼオンは一枚の小さな紙をエルスに見せてきた。
手配書の写しである。
「あのコソ泥は“三日月と入道雲”の連中に譲った。俺たちはそっちに標的を変更するぞ」
エルスとしては、どっちでもいい。
しかし日付を見てみると随分古い。
「この町にまだいるでしょうか?」
「あいつらと違って、俺たちはそこまで必死に賞金首を探す必要はない。目的はあくまで長期入院で鈍った勘を取り戻す事だ。ぶっちゃけ、いるかいないかは大きな問題じゃない」
確かに、緊張感を覚える事が少なくなっているのはエルスも感じていた。
この後、町を出て旅を再開すれば、盗賊だの何だのに出会す可能性は大いにある。
早朝に剣を振るだけでは養えない、実戦へ対応する力を磨くには、結局のところ実戦しかないのだ。
賞金首を探す事が、盗賊と戦う事に結び付くかどうかは定かではないが、緩んだ意識を引き締まるには丁度いいといったところか。
だがその前に、彼らにはやるべき事があった。
それは賞金首を探すより急がねばならない事なのだ。
「うちの連中は気のいい奴ばかりだ。頭領としての資質に欠ける私に黙ってついてきてくれる」
トミア兵がその日の日誌を作成していると、独房のノネレーテが勝手に喋りだした。
「元々私は誰にも頼らず一人で生きてきた。だから私が部下を持って団体行動をしているなんて昔の私を知っている奴が聞いたら、びっくりして腰を抜かすだろうな」
一人で喋って一人で笑っている。
「しかし一度でもこういった生活に慣れてしまったら、もう一人には戻れないな」
「なんだ、寂しいからか?」
思わず割り込んでしまった。
「そうだ、寂しくなってしまう」
そうポツリと漏らして、ノネレーテは黙ってしまった。