第6章「ノネレーテは頭領です」【8】
リグ・バーグ国、首都リグ・エ・バーグ、本城デ・ファルシオ。
東のリグ地方と西のバーグ地方との境界線に位置する首都の中心部に本城があるのだが、そこもまた境界線上である。
敷地面積も境界線で二分され、全く同じ。
国内最大のデ・ファルシオ城には当然ながら大小さまざまな部屋があり、その中には騎士団長メイザロームの執務室がある。
騎士メイザロームは国内最強の剣士と謳われ、かの副将軍ネルツァカをも凌駕すると言われている。
その彼を訪ね、同じく騎士ユドードが執務室に現れた。
「戻っていたのか。国境警備とやらはどんな具合であった?」
「ふん、どんなも何も、ただの胡麻すり行列よ。朝昼晩と酒盛りを延々と続け、実際の視察は国境に着いたら即終了ときたもんだ。一体全体、どういうつもりか⁈」
書類に走らせていたペンを止め、メイザロームは憤懣やる方ない様子のユドードを見上げた。
「その印象通りだ。端っこの連中が中央の我々に胡麻を擦りたいが為の、恒例行事というやつだ」
本来は役人たちが呼ばれているのだが、この時期は会議が多いやら何やらで、我々騎士にお鉢が回ってくる事があるとメイザロームは言う。
「私も行った事がある。良い休暇を貰ったと喜んで視察に行ったものだが」
同様に役人たちも羽根を伸ばせると両手を上げて志願するようだ。
「副団長になって初めてともいえる大きな任務だと思っていたのに!」
「真面目にやっていたのは終戦から三、四年くらいまでだと聞いている。まさか、知らなかったとは驚きだ」
本城で公式に発表するような内容ではないのだが、暗黙の了解で代々語り継がれているようだが。
例えば、団長や副団長のような地位でなくともという意味である。
「それはさておき、元副団長の行方について、新たな情報が入ってきた」
ユドードは妙な表情になったが、すぐに口を開いた。
「まだ帰ってきていなかったのか⁈」
「その通り、お前が接待旅行へ出かける前に姿を消し、お前は戻ったというのに奴はまだ戻っておらん」
書類を上から下までサッと目を通して署名をする、この作業を繰り返しながらメイザロームはそう語った。
「信じられん。まさか新情報というのは、死体でも見つかったって話か⁈」
「いいや、どうやら生きておるようだ。しかし、リグ・バーグにはおらんらしい」
リグ・バーグ正規軍の上層部で一部人事異動が実施された。
その内の一つが、正騎士団の副団長交代である。
そこで新たな副団長に任命されたのが、ユドードであった。
一方“元”副団長のロッグディオスはこの人事を受け入れる事ができず、任命式を待たずして失踪した。
「どこだ、駄々っ子の恥知らずは一体どこの国へ逃げて行ったんだ⁈」
「トミアだ」
「隣じゃないか、だったら今すぐ連れ戻せばいい。なんなら俺が行ってもいいんだぞ」
「まあ待て」
ようやく全ての事務処理を終えたメイザロームは、首を回して解放感に浸っていた。
「トミアへ行った、までしか分かっておらんのだ。ご存知の通り、トミアは広い。足取りを追うにしても時間がかかる」
「副団長を降ろされたから家出しましたなんて事が他国にバレたら、我が正騎士団が笑い者になるのだぞ! 人手を増やしてでも即刻見つけ出すべきではないか!」
無茶を言うな、とメイザローム。
派手に動けば、それこそ他国の目に止まる。
ユドードは部屋をウロウロと歩き回り始めた。
ずいぶん長く怒っていられるものだな、とメイザロームは感心するばかり。
「お前も少しは交流があったはずだ。奴の人となりはどうだ、金遣いが荒かったとか何かないか?」
ピタッと足を止めてユドードは考えた。
「金に執着する場面などお目にかかった事はない」
「そうか…」
「だが手癖の悪さは気になった」
「手癖が悪い、それはどんな風にだ?」
「他人のものを勝手に持っていってしまうのだ。決して高価なものには手を出さず、ペンだのコップだのといった簡単に買えるものばかりだ」
だからといって持っていってしまっていい訳ではない。