第6章「ノネレーテは頭領です」【7】
“なんだと⁈”
と凄んでくるのかと思いきや、ゼオンは俯き加減であった。
「いや、俺だって好きで喧嘩をしてる訳じゃねえんだ。ただ、そういう場面に出会したり相手からふっかけられたりしたら、ついつい熱くなってだな、うん」
そうだっただろうかと記憶を呼び戻すエルスだったが、とにかく今は平和的に許してもらおうとしているのが本気だと感じた。
「だったら、アレを教えてあげるというのは?」
「アレって?」
彼らのうち数名は酒のおかげで既にご機嫌になっていた。
その中をゼオンは真っ直ぐパレムの元へ向かっていく。
「何だ?」
「さっきも言ったが、ここで張り込んでいても収穫があるとは思えねえ」
「その話か」
「あんたらは護衛が主な仕事で賞金稼ぎは初めてだと言ってたよな? 護衛ってのはつまり“迎え撃つ”って所だろうが、賞金稼ぎってのは“探して追い詰める”のが重要だ」
「まあ、そりゃあそうだろうな」
「先に言っておくが、俺たちが狙ってるのは一番安いコソ泥だ」
「そうなのか」
「あんたらも、そうじゃないのか?」
「そういうのを発表し合うのか、賞金稼ぎってのは。俺はてっきり競争相手だから何も教えないもんだとばかり…」
「普通はそうなんだがな。まあいい、初心者のあんたらが誰を狙うかは自由だが、俺は勝手に喋らせてもらうぞ」
するとゼオンは、昨日駐屯所でトミア兵から得た詳細な情報を語り始めた。
出没地域や顔の特徴など、全て。
それから、自分たちはこのコソ泥から手を引くと。
黙って聞いていたパレムだが、感謝、ではなく疑念の面持ちであった。
「何故そこまで話すんだ? 詫びのつもりか?」
「ああ、もちろん詫びだ。それ以上でもそれ以下でもない。俺はあんたらに失礼な真似をした。せめて、これくらいはさせてくれ」
後はこの内容を信じてもらえるかどうかだけどな、とゼオンは自嘲気味に笑う。
「いいさ、自分の目で確かめて、本当なら有効に活用させてもらうよ」
とはいいつつ、賞金首を捕まえるなんて出来るのか自信なさげにも思われた。
「ああ、この人数がいるんだから、分散させて上手く使えばコソ泥なんて簡単だ」
「そうだな、なんだかんだ言ってコソ泥なんだよな! 簡単だよな!」
駐屯所の独房では、ノネレーテが一人で座っていた。
さすがに座りっぱなしでは身体の節々が悲鳴を上げるので、時々は立ち上がる。
だが、天井が低めなので思う存分身体を伸ばすという訳にはいかないのだ。
そうこうするうちに、トミア兵が外回りから戻ってきた。
「どうだ、私の嫌疑は晴れたのではないか?」
たまらずノネレーテから声をかけた。
「…残念ながらチリパギが外出中でな、どこへ行ったかもいつ帰るかも不明なので全く進展なしだよ」
「そうかー、それは誠に残念でならんな」
トミア兵は独房の扉に目をやった。
「逃げたり暴れたりしないと約束するなら一度出してやるが、どうだ?」
「ありがたい! 約束しよう、大人しくする!」
すぐに独房の鍵は開けられ、中からよろけるようにノネレーテが出てきた。
そして彼女は思い切り身体を伸ばす。
「もしもチリパギの証言が取れなかった場合、殺されたのが盗賊だと確定されるまで余分に時間がかかる」
「そうなのか、まあそれは軍が決める事で私にはどうしようもないな」
「更にだ、悪くすれば盗賊だと確定されないままあんたは裁判にかけられる事になる」
「むむ、それは難儀な話だ」
「それでも一人でやったと言い張るのか?」
「言い張るも何も、本当に私一人でやったのだ。本来の調子なら、全員やれたのだが」
もうそれはいい、トミア兵は手を振った。
「知らん訳じゃなかろう、複数で犯行に及んだなら、場合によっては罪の重さが各個に振り分けられる。あんた一人の罪はずっと軽くなるんだぞ」
ところがノネレーテは満足したのか、また独房へ戻ろうとしていた。
「嘘はいかん。自分への罰を軽くしてもらう為に、何もしていない部下に罪をなすりつけるなど、頭領にあるまじき行為だ」
いつまでたっても並行線であり、トミア兵はやれやれとため息をつくしかなかった。
だがその様子を外から伺っていた者の存在を、彼は知らない。