第6章「ノネレーテは頭領です」【3】
住人に見つかるかもしれないという危機感に気持ちが高揚する、そんな輩だろうと諜報部はサラッと分析していたなとトミア兵は語る。
「これな、似顔絵」
手配書に描かれていたものとは違い、彼の出してきたものには横顔が描かれていた。
鼻が大きく、高い。
この特徴を知る事が出来ただけでも大きい。
その他にもトミア兵は、持っていた資料を全て見せてくれた。
不思議なくらいに。
「つまり、手配書にはほとんど情報が載っていないという事ですね?」
エルスがたまらず聞いた。
「その通り。アレはただ、賞金首が新たに決定しましたよ、くらいのもんで」
「でも、この詳しい情報があれば、もっと早く捕まえることが出来るんじゃないですか?」
「そりゃあ、出来るよな」
「…じゃあ、何で?」
「そりゃあ、賞金稼ぎが捕まえちまったら、自分の懐には一銭も入らないからに決まってるじゃねえか」
ゼオンが知った風な事をしゃべり、エルスはイラっとした。
「そちらの兄さんの言う通り。コレは俺が捕まえたいから、情報を出し惜しみしてたって事さ」
賞金首を捕まえれば賞金稼ぎは報酬を手に入れられるのなら、正規兵だって貰えていいはずだと。
「今まで何件かやってきたんだけどな、それはそれは良い小遣い稼ぎになったんだよ。妻や子供に少しは贅沢させてやれる」
「それをどうして僕たちに教えてくれるんですか?」
すると、これまでヘラヘラしていたトミア兵が、急に真顔になった。
「やめたのさ。コイツからは手を引こうって決めたんだ」
「何かあったってのか?」
「いやまあ、捕まえる為に万全を期して少しは自分でも調べてみようって事であちこち回って分かった事があってね。それは…」
「おい、呼ばれたんで来てやったぞ」
不意にエルスとゼオンの背後から声がした。
振り向くと、女性が一人立っている。
「ええっと、あんたは…?」
「“三日月と入道雲”の頭領ノネレーテだ」
肩甲骨まで伸びた栗色の髪と頭領という言葉が似合わなくて、エルスは理解するのに時間がかかった。
「ああっ、あんたかい。随分と酒臭いな。いいご身分だ」
「軍に呼ばれると分かってたら早めに酒を切り上げてたし、男が好きそうな服でも準備出来たんだがな」
ノネレーテはちらりとエルスに目をやり、手を振りながら高笑いをした。
「すまん、すまん。子供がいるのに下品だったかもな」
子供扱いをされて喜ぶ子供なんて、そうはいない。
「こいつは子供に見えるが、それなりの場数は踏んできた。ただの子供じゃねえぞ」
ゼオンが支援してくれた。
「そうか」
するとノネレーテは、スッとエルスに手を差し伸べた。
「本当にすまなかった。馬鹿にするつもりは無かったんだ、許してくれ。私はノネレーテだ」
エルスは彼女の手を握り返し、自分の名を告げた。
同じく、ゼオンも。
「ああ、あんたら、挨拶が済んだなら今日の所は帰ってくれ。真面目な仕事だ」
トミア兵に追い立てられ、エルスとゼオンは駐屯所の小屋を後にした。
「女の人で頭領なんて、あまり聞きませんね」
「ありゃあ、只者じゃねえな。あの剣、見たか? 鞘の飾りがかなりの年代物だったじゃねえか」
「そうでしたっけ…」
特に見ていなかった。
「古代王国のものだとしたら、それを使ってるなんて、物凄え女かもしれねえぞ」
特徴といえば、豪快な高笑いであった。
そこは頭領っぽいとエルスは思った。
そういえばゼオンも彼女と同じように豪快に笑う。
しかし最近ゼオンはあんな高笑いをしていないのではないかとエルスは思った。
「この町から南に少し下った所に、頭と身体が斬り離された遺体がいくつか発見された」
「ふーむ」
「一瞬で斬り落としたような、鋭い切れ味だった」
「ふーむ、ふむ」
「同じ日に、血塗れの馬を数頭引き連れた一行がこの町に現れた」
「むーん、むん」
「単なる偶然ではないと俺は思うんだがね?」
「なるほど、ひとり駐屯所の主人の割に、頭が良く働くな」
「何だって?」
「特上に褒めたんだ。しかし今日の私はまた一段と口が悪いな」
自身への苛立ちからくる八つ当たりだろうかとノネレーテは苦笑する。