第6章「ノネレーテは頭領です」【2】
苦しげながらも二人が顔を上げてパレムを真っ直ぐに見つめた。
以前から思う所があったに違いない。
「目的は、ズバリ金だ。決して困っている訳じゃないが、贅沢をしていたらあっという間にすっからかんになる」
蓄えをゼロにしない為には、常に仕事を探してきてこまめに稼ぐ事が必要だとパレムは説いた。
「頭領がいれば高額報酬を見込める大がかりな仕事も引き受けられるが、結局のところ頭領に頼りっきりになってしまう」
そこでだ、とパレムは仲間に一枚ずつ紙を配り始めた。
全員に行き渡ったところで、パレムは再び口を開く。
「さっきも言った通り、賞金稼ぎをやる。狙うのは、そいつだ。チンケなコソ泥だが、素人の俺らにはもってこいだろう?」
パレムが手書きで人数分用意した、手配書の写しである。
「これを頭領抜きで、最後までやり切る」
賞金稼ぎなど、この中で経験のある者は誰もいない。
「まあ、だが心配するな。“命懸けで捕まえろ!”なんて言う訳じゃない。初心者の俺らにどこまで出来るか分からんが、出来る事は必死にやる、それは全員に頼む」
「ああ、まあ、じゃあもう一度寝てからでいいんだろ?」
「そうだな、そこまで急ぐ理由も無さそうだし」
“失敗を恐れるな”とパレムは言いたかったのだが、“失敗してもいいよ”くらいにしか解釈しなかった者もいたようだ。
十人の意思をまとめるのも大変なのだな、と自身の力不足も痛感していた。
ノネレーテは宿でベッドに寝転がっていた。
戦おうと思えばいつでも戦えるというのに、最近ではその気力さえ失われてきているように感じていた。
もちろん部下の前ではそんな姿を微塵も見せられない。
パレムが裏でこそこそと動いているのは気付いているが、首を突っ込む気にもなれないのだ。
そんな時、部屋の扉を叩く音がした。
宿の主人がわざわざ部屋までやって来たようだ。
宿代は全員分きっちり払っているはずだが、と考えながらベッドを降りた。
宿の主人がノネレーテに伝えたのは、軍から呼び出されたという伝言であった。
ここホミレートの町にも正規兵が常駐している。
とはいえ、たった一人である。
駐屯所とは名ばかりの小屋は、町の隅っこに置かれていた。
ここで寝泊まりしながら十日もすると、交代の兵がやってくる。
人口も増えない寂れた町ではこれくらいの扱いしか受けられないのは、どの国でも似たようなものである。
そこにエルスとゼオンがやってきた。
もちろん、賞金首となったコソ泥の情報を求めての事である。
朝からずっと暇だった事もあり、トミア兵は即座に対応してくれた。
「いやいや、この町の人間ときたら、軍を頼ろうともしないのばっかりなんだよ」
しかしトミア兵は、奥で荷物を漁りながら愚痴を始めた。
得てしてこの手のものは長くなるとエルスは知っている。
「それはまた、いけませんねえ! 正規軍の皆さんは、民の為に身を粉にして働いていらっしゃるというのに! 正規軍の皆さんこそが民の事を最も理解されているというのに! 民の拠り所は正規軍の皆さんに決まっているというのに!」
「たみ…?」
エルスは、ゼオンの口から出てきた事のない言葉が出てきたのを聞いた。
ゼオンがゼオンに見えなくなった。
「そ、そうだろう? そうなんだよ、我々でなきゃ民を守るなんて出来ないのさ。あんた、なかなか分かってるじゃないか!」
トミア兵は満更でもなさそうである。
そうか、これが世に言う“おべんちゃら”なのかと、エルスは納得した。
そしてようやくトミア兵が、紐で括った紙の束をエルスたちの前へ持ってきた。
「こりゃあ、すげえ。ただのコソ泥だって言うのに、ずいぶんと調べ上げていらっしゃるのですね。さすが、正規軍の皆さんだ」
その紙には、例の賞金首を調査して集めた情報がびっしりと記されていた。
酒場の掲示板に貼ってあった手配書には書いてない事ばかりである。
例のコソ泥はその家の住人が寝静まった頃に、物音を立てないように侵入して盗みを働くようだ。
空き巣ではなく、人がいる時を狙って侵入するだなんて危険極まりないはずなのに。