第6章「ノネレーテは頭領です」【1】
経理面を部下たちに任せているが、そのおかげでしっかりと蓄えが出来ている。
故に、一人でやっていた頃と比べれば、せかせかと働き詰めになる必要はないのだ。
「せっかくだから休養に充ててもいいんだぞ?」
「どうしたんです、まだ調子が良くないんですか?」
「んん、お前にだけは言っておくが、はっきり言ってキレが悪い。あの連中だって、あれだけ時間があれば全員仕留められたはずなのに」
十分すぎるほど強いとパレムは思うのだが、ノネレーテは納得がいかないらしい。
「俺らと違って、頭領くらいの腕がある人は調子の差がはっきり出るとか何とか…」
「もう一年だぞ、調子の悪さを感じるようになって。だから一人で戦ってみるんだが、一向に直らん」
「焦るのが一番良くないんじゃないですかね。そのうち自然と元に戻りますって」
ノネレーテが深刻に悩んでいるのはパレムにもよく分かっている。
戦いでの調子が悪いと考えてばかりいるせいで、弱気な部分も滲み出てしまっているのかもしれない。
しかしこればかりは本人で解決するしかないだろうとも。
「間を空けようって方が正解ですよ、きっと」
だが自分たちの頭領が精神的にも本調子でないのは困る。
もしもこれで仕事が減ってしまった場合、とりわけ資金面での不安が大きくなる。
ノネレーテは部下を残し、一足早く酒場を後にした。
その後ろ姿でさえ弱々しい。
「やれやれ、精神的に弱いのかねえ、うちの頭領は…」
ふと、店の隅に掲示板があるのを見つけた。
すぐに宿へ戻る気のしないパレムは、暇つぶしにと、何が書いてあるのか分からない掲示板の元へ向かう。
「むむ、これは…?」
寝起きのエルスの目の前に、ゼオンは一枚の紙を突き出した。
「こいつで行ってみようぜ。チンケなコソ泥だがな」
受け取った手配書を、エルスはぼんやりと眺めている。
「報酬は安いが、勘を取り戻すにはちょうどいいんじゃねえかと思う」
「ゼオンさんが決めたんだからいいてすけど、この人はここにいるんですか?」
「日付けを見てみろ」
手配所の下の方に日付けが書かれている。
「それは賞金がかけられた日だ。つい最近だろ? って事はだ、こいつはまだ自分が賞金首になってるのを知らない可能性がある」
本人に“賞金首になったぞ”などと通知が行くはずもない。
そもそもどこにいるかも分からないのだから。
「服や皿をちまちま盗んでいるだけなのに、まさか本人も自分に賞金がかけられているなんて予想だにしてないだろう」
盗み自体は何回も上手くいっているので、油断しているに違いないとゼオンは推測を働かせる。
「問題は、どこにいるかですね」
コソ泥は一度だけ逃げる姿を目撃されている。
ただ顔は全く分からず、黒っぽい服装だったというくらいしか情報がないのだ。
「出かけるぞ」
「どこにですか?」
「もう少し詳しい事が分かるかもしれん」
パレムはノネレーテを除く仲間十名を昼間の酒場に集合させた。
その大半が昨夜の酒が身体に残っていて、頭を抱えた者ばかりである。
かくいうパレムも万全な状態とは言い難かった。
「みんな、そのままでいいから聞いてくれ。次の仕事は賞金稼ぎをやろうと思うが、どうだろうか?」
案の定、返事は無かった。
みな、それどころではないからだ。
昨夜、全員が店じまいまで酒を飲みまくっていたのだから無理もない。
金はきちんと払ったので、良い客だと酒場の店主はとても愛想がいい。
金にならない水を全員に振る舞っていた。
「も…もう一度言おうか?」
すると椅子に身体を預けながら目を閉じている一人が手を上げた。
「頭領の姿がないみたいだけど、どうかしたのか?」
「この仕事に頭領は参加しない。俺たちに任せるそうだ」
確かめた訳ではないが、ノネレーテ自身は数日休みを取るつもりなので、そういう事でいいのだとパレムは信じている。
「私らだけで、出来るの?」
酒の“抜け”が一番早そうな一人が、しかし不安げに尋ねてきた。
「やらなきゃいけない。いつも頭領に頼りっぱなしなのを、変えなきゃいかんと思っている」