第1章「ユドリカの苦難」【5】
エギロダは大勢の仲間を引き連れていた。
いや、仲間というよりは部下といった方がいいのかもしれない。
先頭は常にエギロダで、彼が指示をだすと部下の全員が一斉に動き出すのだ。
エギロダは荒野の高台に拠点となる建物の建築を始めた。
まずは石造りの三階建てと思しき四角い建物が大急ぎで造られていく。
それは決して屋敷や城と呼べるものではなく、まさに大きな石の箱であった。
外壁には窓らしきものはなく、その代わりに幾つかの穴が開いていた。
おそらくは賊や敵兵が乗り込んできた際、矢を撃つ為の穴であろう。
賊や敵兵を乗り込ませない為に、四角い箱の周りには防御壁が造られた。
しかも三重にわたる。
どこからどう見ても要塞というエギロダの建物は、周囲に住む者たちに異様な圧迫感を与えた。
ユーゼフやルスネ、ユドリカの人々も同様に、苦々しい思いで要塞を眺めていた。
それだけなら、まだ良かった。
彼らが要塞の中に閉じこもってくれていたならば。
要塞を中心にすると、その周りにはユドリカの他にも集落が点在していた。
少し足を伸ばせば、村や町にも辿り着く。
ある日、エギロダ一党は集落の人々に牙を剥いた。
ユドリカとは別の集落に徒党を組んで現れた彼らは、食料や酒を差し出せと命令してきたのだ。
集落側が拒否をするには、一党の数が多過ぎた。
結果、備蓄していた物を根こそぎ奪われる格好となった。
これを全ての集落で繰り返した。
無論ユドリカとて例外ではなく、抵抗する術もないまま掠奪されるしかなかった。
「信じられない事が起きたのは、その後だ。別の集落の若者たちがエギロダの配下に加わったんだよ」
備蓄の食料を奪われ、いきなり貧しくなった集落の若者たちは、そんな生活に嫌気が差して奪う側へ寝返ったのだとユーゼフは言う。
「残念ながら、我がユドリカからもそういった若者が現れてしまったんだ。何とも嘆かわしい」
かくてエギロダ一党は数を増やしていき、組織として大きくなっていく。
正規兵であるビルトモスは、それを聞いて平然とはしていられなかった。
「なぜ国軍に相談しないのですか? そんな連中など、あっという間に片付けてくれるでしょう?」
その熱さがテネリミには残念であった。
分からないのだろうかと。
「しましたとも。すぐに最寄りの国軍の駐屯地へ駆け込みました」
そこでユーゼフは目を伏せた。
「ですが、コルス国軍は腐っておるのです。まともに機能しているのは本城辺りくらいでしょう。いや、そことてまともではないかも知れませんが」
今度はビルトモスが信じられない表情になった。
各集落の長たちが集まって軍の駐屯地へ向かい、助けを求めた。
駐屯地の指揮官は、露骨に嫌な顔を見せたが、渋々承諾した。
軍が動いたのは、それから二十日以上が経ってからだった。
駐屯地から正規兵十名ほどが件の要塞へ出向いて行った。
それからしばらくして要塞を後にした正規兵十名は、集落の一つに立ち寄った。
「そこの長から話を聞いた時、私は自分の耳がおかしくなったのかと思いましたよ。正規兵は“エギロダと仲良くやれ”と言ったのです」
その長によると、正規兵は明らかに赤ら顔で、酒の匂いをぷんぷんさせていたのだとか。
「馬鹿な」
ビルトモスは呻いた。
「正規兵とは、国民の安全と平和な暮らしを守る為にのみ存在するのだ。それを…」
テネリミがビルトモスの肩に手を添えて、それ以上の言葉を制した。
「その理想は、少なくともコルス国軍には当てはまらないわ。言うだけ彼らを傷付けることになるわよ」
彼女の言う通り、ユーゼフとルスネはやりきれない表情になっていた。
「まあ、正規兵もエギロダに“やり過ぎるな”と忠告はしたらしい。奪う物が無くなってしまったら困るだろうって」
ユーゼフの家を後にしたテネリミとビルトモスは、しばらく黙ったまま歩いていた。
ビルトモスの不機嫌さにテネリミは付き合いたくなかったからである。
「まずは駐屯地にいる連中の性根を叩きのめしたい所だ」
不意にビルトモスが口を開いた。