第5章「オパッセの目撃談」【8】
昼間だというのに閉まっている店をちらほら見かける。
「首都が近いってのに、こんな寂れてる町もあるんだな」
「むしろ首都が近いからってのもあるんじゃない? 人がみんな首都へ流れていっちゃったとか」
それでもここに暮らす人はいて、活気があるようには感じられないが、開いている店からは会話が聞こえてくる。
「とりあえず腹ごしらえだろ。朝から何も食ってないんだしな」
入院で減ってしまった体力を増強させる為、エルスとゼオンは相変わらず馬車には乗らず徒歩で移動していた。
だからエルスも素直に食事のできる店を探した。
しばらく歩くと酒場が見つかり、アミネも酒が飲みたいと思ったのか、馬車から飛び降り一番に店内へ入って行った。
肉は少なめの野菜炒めたが、熱々なのが嬉しい。
酒は雑味が多く喉に何か引っかかるようだが、酔えるだけで十分だ。
久しぶりの酒とまともな食事にありつき、三人は朗らかな時を過ごしていた。
「おいエルス、掲示板があるぞ」
ゼオンが指差す方に目を向けると、店の隅に飾り気のない板が壁に打ち付けられているのが分かった。
「エルス、見なくていいからね」
アミネがそう言うのは、ゼオンが興味を示す掲示板なんてろくな告知が貼られている訳がないと分かっているからである。
そんな事は気にも止めず、ゼオンは椅子から立ち上がり掲示板に近付いていった。
掲示板には紙が何枚か貼られていて、その一枚一枚に似顔絵のようなものも描かれている。
「賞金首…ですか」
「ほっときなさいよ。どうせ賞金稼ぎの血が騒ぐってところでしょう」
貼られた紙を一枚ずつじっくりと眺めたゼオンは、うんうんと一人頷きながらエルスたちのテーブルに戻ってきた。
「さすがトミアはデカい国だな。どいつもこいつもそれなりの報酬がかかってやがる」
「そんな話、しないでくれる?」
「しかしアレだな、やっぱりまだ捕まってないようたぜ、キオ・マシュルの野郎」
エルスは酒にむせた。
世界中に賞金首の張り紙が貼られた掲示板は存在する。
だが、その多くは周辺地域で指名手配された者ばかりである。
よほどの大物でも国内で罪を犯した者に限られ、国外のものは皆無と言っていい。
当然と言えば当然で、情報というものが世界中に広まる手段がないからだ、
だが唯一、世界中の掲示板にその名を載せられている者がいた。
それがキオ・マシュルなのだ。
十七年戦争、いわゆる“大戦”の黒幕であるシーティオ・シド・ネルシアと、シーティオを陰で支えていたとされる大呪術師ヴァヴィエラ・ヴェローチェ。
この二人を殺したのがキオ・マシュルとされている。
当時十歳だった少年がやり遂げたらしい。
以来キオ・マシュルの名は世界で最も有名な賞金首となり、その報酬も桁違いであった。
「やめなさいって言ってるでしょう⁈」
「いまだに奴が捕まらない原因の一つは、似顔絵がないからだと言われている。当時十歳だったが今は十五歳になってるはずだ。だけどよ、十五歳の坊主なんて、どこにでもいるじゃねえか? そりゃあ、わかる訳ねえよな」
ばしゃっ、とゼオンの顔に酒が浴びせられた。
アミネがコップの酒をぶちまけたのだ。
顔を手で拭ったゼオンは、だが辞めなかった。
「待ってくれよ。これはエルスとの話だ。もう少しだけ、な?」
「…いいわ、店を出たら両頬を三発ずつ殴ってやるから」
それは流石に嫌そうな表情を見せるゼオンであった。
「ま、まあ、それは置いといて、現実的な話、キオ・マシュルの事はどうでもいい。そんな、どの国にいるのかも分からない奴を探すだけ時間の無駄だ」
エルスは黙って聞いていた。
「しかしだ、他の連中ならこの辺りにいる可能性が高い。一番安いのでいいから、やってみねえか?」
「エルスを賞金稼ぎに誘わないで」
睨まれているのが分かっているので、ゼオンはアミネの方を見なかった、いや見れなかった。
「金が欲しい訳じゃねえ。報酬はヌベシャからたんまり貰ってるからな」
「じゃあ何のためよ⁈」
「いちいち怖いって。あのな、エルス。俺たちは二人とも大怪我を負って長く入院してたよな」