第5章「オパッセの目撃談」【7】
「呪術師の職に就いた事はありません。あくまで、その力を持っているというだけです」
呪術師になり得る能力を待っていたとしても、その全員が呪術師の職に就くという訳ではない。
生まれついての能力を隠して生きていく者も少なくないという。
呪術師になれば安定した収入が見込まれる。
城勤めにでも選ばれようものなら、高額の給料が保証される。
それでも呪術師になれば必ず幸せになれるのかと言えば、その保証はないのだ。
城勤めの呪術師などは、時としてその能力とは関係のない仕事を強要される事も珍しくはなかったようだ。
特に大戦当時は城勤めの数も各国で非常に多く、一部ではその為に登用された者もいたのだとか。
だからシャラディーも呪術師にはならなかったのだろうかとリャガは思いやった。
「呪術師が一瞬で移動出来るなんて聞いた事がないぞ」
リャガは考え事をしていたのだが、ケベスは更に話を進めようとしていた。
シャラディーは被りを振った。
「呪術師が、ではなく皆さんの意識が消えたのです」
「意識が? どういう事だ?」
彼女は話を続けた。
「例えば、リャガが剣を見ようとする時、“剣を見よう”と身体が意識をして、その動きをします。その意識を断ち切ればいいのです」
バドニア兵たちは頭を抱えた。
「相手を見よう、剣を抜こう、相手の攻めを防ごう、それら全てをやらせないようにするのです」
その間、何も見ていないし、身体を動かした記憶もなく、時間が経過した事も気付いていないのだとか。
「我々とシャラディーが初めて対面した時も、その力を使ったのですね?」
「その通りです、他国の正規兵のみなさんの懐に飛び込むには、アレが最も速やかだったので」
草地に隠れるバドニア兵を見つけたシャラディーは、こちらに気付かれる前に術をかけ、一気に詰め寄ったらしい。
「危険ではないか、我々が君を認識した途端に斬りかかっていたかも知れないのだぞ?」
「その時は同じ手を使って逃げるのみ」
少しシャラディーが笑った。
それにリャガは魅力を感じた。
「いや、確かに攻撃するつもりなら我々が気付く前に斬ればいいだけか」
「この力を持っている者は少なくありません」
少々兵士たちがザワついた。
「大戦でもその力は使われたんじゃないんですか?」
呪術師は部隊に同行した者も少数いたらしい。
「使われたそうです。ただし、逃げる為の手段としてのみです」
戦局によって撤退を余儀なくされる場合でも、残念ながら必ずしも部隊の兵士が彼女らを守ってくれるとは限らない。
自分の身を守る為、その力を使って戦場から離脱したのだとか。
「呪術師は兵士ではありません。戦争に参加したといっても、祈りで戦況に影響を与えたに過ぎません。能力を用いて誰かを傷付けようとするのは、ごく一部の狂った者だけです」
だが鎧の女たちは、その力でリャガの仲間を殺した、オパッセの言う通りなら。
「そうですね」
シャラディーは口をつぐんだ。
リャガには腑に落ちた事がある。
何故シャラディーが急に協力してくれるようになったのか、少し疑問であった。
彼女は呪術師ではないとはいえ、その能力を有していて、その自覚もある。
攫われたクワンたちが呪術師だと知り、心配の度合いが深くなったからだろうと思われた。
シャラディーの推測とはいえ、仲間たちが動かなかった事の理由はつく。
「後は、クワンたちがどこへ連れ去られたのかという事も重要だ。それに関しては、どうだ?」
記憶を掘り返したリャガは、次のように言った。
「オパッセは、略奪者が“北へ”走り去ったと言ったんです」
「北だと?」
それは、方角が分かったというだけではなかった。
「我々がやって来た方向です」
「万一、という可能性があるという訳だな?」
「その通りです。ビルトモス様に報告せねばなりません」
トミア国の首都ディアザを出発したエルスたちは東へ進み、ホミレートの町へ到着した。
首都に近いといいつつ、この町には特筆すべき名産品や工業などがある訳ではなく、どちらかというと寂しい印象をエルスは持った。