第5章「オパッセの目撃談」【5】
だが、その為にはまだまだ数が足りない。
今の賃金では少しずつしか貯まっていかず、その僅かな貯金で必要な物を買ってきてもらっているのだ。
そんな真似をしてくれるのは彼だけだ。
当然ながら手間賃を払っているとはいえ、オパッセの願いを引き受けてくれる者などそうそう見つからなかった。
彼の言う通り、オパッセの手助けをしているなんて事が軍にバレたら、自身も監視の対象にされてしまうかも知れないのだ。
それでも危ない橋を渡ってくれている彼を怒らせてはいけない、オパッセは頭を冷やす事が出来た。
「すまなかった。ついカッとなって、俺はとんでもなく失礼な事を言ってしまった。どうか許してほしい」
オパッセは地面に頭を付けて男に詫びた。
男は憤まんやる方ない様子だったが、オパッセがずっと頭を地面に擦り付けたままなのを見て、ようやく機嫌を直した。
オパッセから手間賃を受け取った男は、辺りに気を配りながら去って行った。
「やれやれ、物価が上がったか。よく考えてみれば、町の酒も値上がりしていたな」
がっかりしている暇はない。
“寝ずの番人”のやる気なし監視員が、急に家の中を覗きに来ないとは限らない。
長時間の不在は危険でしかないのだ。
さっさと帰ろうと思った矢先、オパッセは最中に悪寒を感じた。
タラテラの町から数頭の馬が走り来る音が聞こえてきたのだ。
まさかバレてしまったのか、オパッセは血の気が引く思いだった。
大慌てで木々の陰に隠れ、様子を伺う事にした。
馬は十騎ほどであったが、オパッセが驚いたのは、馬に乗っているのがコルス軍のではなくバドニア軍の鎧を着た兵士だったからである。
何故こんな所にバドニア兵がと思ったが、一緒に走っている馬車の荷台には野菜やら小麦が入った麻袋やらがぎっしりと積まれているのを見て、追っ手ではないと確信した。
ならば通り過ぎるのを待てばいい、そう思っていた。
ところが、である。
彼らの行手に岩陰から人が飛び出してきたのだ。
数は、三。
その三人ともが女であった。
格好は町民が着ているような服だが、その上に簡素な鎧を重ねていた。
腰には、剣が。
バドニア兵一行は、彼女らの手前で馬を止めた。
一体何が始まるのかと思った瞬間、女たちがバドニア兵の方へ走ってきた、剣を抜きながらである。
おかしいとオパッセが思ったのは、ここからだ。
抜刀した者が近付いてきたというのに、バドニア兵はまるで動こうとしなかったのだ。
動いたといえば、もう一台の馬車、こちらは幌を被っていたが、その中からこちらも女が顔を出しただけであった。
その女は始めポカンとしていたが、剣を手にした女たちが、次々と兵の乗る馬に乗り込んだ事にようやく異常だと気付いた。
幌馬車の女は必死に何か、兵士の名前だろうか、叫んでいる。
鎧の女は剣の切先をバドニア兵の腰へ向け、迷いなく突き刺したのだ。
他の鎧の女たちも同様に、バドニア兵の鎧で守られていない箇所を刺していく。
幌馬車の女は狂ったように悲鳴をあげている。
刺された兵士は力なく馬から落ちて地面へ身体を叩きつけた。
一瞬、まだ無事な兵士が顔をきょろきょろさせたが、また止まってしまった。
そして結局、その兵士も刺された。
幌馬車からは三人の女が出てきた。
鎧の女たちとは対照的に、彼女らは顔面蒼白で慌てふためくだけである。
バドニア兵は全員刺され、地面に転がされ、ぴくりとも動かなかった。
幌馬車から出てきた女たちは逃げようとしたが、その時になって別の集団が押し寄せてきたのだ。
どこに隠れていたのか、十数名の男たちが剣を携えて女たちを取り囲んだ。
女たちは観念したのか、一人は座り込んで茫然とし、もう一人も座り込んで顔を両手で覆い、もう一人だけは立ったまま男らを睨み付けていた。
やがて女たちは両手を縛られ、彼女たちが乗っていた幌馬車に乗せられた。
男たちはバドニア兵が乗っていた馬や、食料が積まれた馬車も奪い、その場から北へ走り去った。
残されたのはバドニア兵たちの遺体だけであった。