第5章「オパッセの目撃談」【4】
中は思った通りのぼろ家であったが、あまり物が置かれていないので、意外にもすっきりとした印象を受けるリャガであった。
ただ壁のそこかしこから外の景色を覗く事が出来る。
やはり穴だらけであった。
「座れ」
勧めてきたのは椅子、ではなく木製の箱である。
これも座った途端に壊れてしまうのではないかと心配になる。
だがシャラディーは迷いなくその箱に腰掛けた。
壊れない、見た目より頑丈そうだ。
「本当にコルス軍には言わないんだな?」
リャガが腰掛けたと同時に、オパッセが口を開いた。
「言いません。コルス軍に義理立てするつまりはないし、そんな事をしても何の得もありませんから」
「あとはあなたが信じるだけですよ、オパッセさん」
するとオパッセは持っていた皮袋をリャガの前に突き出した。
「これは、前金という事でいいんだよな?」
シャラディーは目を丸くしたが、リャガは右の口角を上げるのだった。
「いいでしょう、全て話してくれたら同じ金額を払いましょう」
出費としてはかなり痛いが、仕方がない。
「オパッセさん、そんなにお金を手に入れてどうするつもりなんですか? まさか町を抜け出そうなんて考えていませんよね?」
「心配するな、そんなんじゃない。俺への監視がこの先何年も外される事はないってぐらい、分かってる。ただ、人生は何が起こるか分からん。俺が信頼できるのは金だけなんだ。持ってて損はないだろう」
話しながらオパッセは皮袋を部屋の隅にある木箱に入れた。
「よかろう、じゃあ話してやるとしよう」
オパッセは自らの記憶を辿りながら、あの日見た事を語り始めた。
オパッセはシャラディーへの定時報告を済ませた所であった。
彼女は受け取った文書を自分の鞄の中へ丁寧にしまい込んだ。
「あんたは良いよな、これで解放されるんだからな」
オパッセの愚痴にいちいち付き合うつもりはない。
そもそもいつもの事だからである。
シャラディーの本日の業務は終了だ。
この後は“寝ずの番人”の同僚に引き継ぎ、一路帰宅となる。
だが、オパッセはこの時を待っていた。
シャラディーから、もう一人の同僚に交代するその時を。
やがてシャラディーがぼろ家から出て行くと、彼も行動を起こした。
外へ出る扉とは反対の壁に立ち、壁の板を何枚か外していく。
すぐに人が一人通れるだけの穴になった。
その穴からオパッセは身を潜らせ、外へ出た。
ぼろ家が死角となり、監視者からはオパッセの姿が見えない。
しかしオパッセは知っていた。
シャラディーの同僚とやらは、あまり仕事に熱意がなく、交代した途端に草地の中で寝っ転がり、時間までだらだらと過ごすのだ。
オパッセにしてみれば、シャラディーが交代で戻るまでに家に帰ればいいだけなのだ。
決してその時間いっぱいまで外出する予定でもないのだから。
そして彼は町を出た。
昼前の太陽は空の一番高い所に差し掛かっている。
少し行くと、細い木が何本か伸びている場所に着いた。
するとそこに一人の男が隠れていた。
どうやらオパッセと待ち合わせをしていたようだ。
男は自分の鞄から紙に包まれた物をオパッセに手渡した。
紙を開いて仲間を確認したオパッセは、落胆の色を隠せなかった。
「おい、たったこれだけか?」
「仕方がないだろう、物価がバカみたいに上がって、それだけしか買えなかったんだ」
中身は食料だった。
それも日持ちのする物ばかりだ。
だが、入っているはずと思われた量の半分くらいしかなかったのだ。
「ネコババしたんじゃないだろうな⁈」
「何だと、ふざけるな! 俺だってお前なんかの為に色々調達してるって軍にバレたら捕まるかも知れないんだぞ! なのに、その言い方は何だ⁈」
オパッセは例のぼろ家での生活が始まってすぐ、仕事で知り合ったこの男に別の町で物資の調達を頼んでいたのだ。
仕事で稼いだ金の多くをつぎ込んでいた。
食料のみにとどまらず、衣料品や薬、短刀なども揃えていった。
何のために必要か、無論町を抜け出して自由になるためである。
いつまでもあんな所で見張られながら暮らしていくなんてまっぴらだと思っていた。