第5章「オパッセの目撃談」【2】
「彼が何者かは、ご存知なのでしょうね」
「自分の家族に酷い真似をした、というのは聞きました」
「そんな彼にどんな話があるというのですか?」
そこでリャガは、自分の仲間に起きた事件を正確に彼女に語った。
ケベスは慌てて彼を止めようとしたが、逆にリャガに睨まれて口ごもるしかなかった。
「お仲間の方々についてはお気の毒にと言うしかありません。ですがまさか、オパッセさんがその犯人だと思っているのではないですよね?」
リャガは大きく頭を振った。
「そんな事は全く考えていません。私たちは彼の目撃証言が欲しいだけなんです」
数日前、オパッセは仕事の仲間と酒を酌み交わしていた。
町では住民から忌み嫌われている彼だったが、脛に傷を持つ者は他にもいた。
そんな彼らは町で出たゴミを回収し、町から離れた場所へ捨てに行く。
あまり人のやりたがらない仕事で生計を立てていた。
身体には悪臭が染みつき、酒場や食品を扱う店には入店を拒否される。
だから彼らは人通りの少ない路地裏で、買ってきた酒をちびちびと飲んでいるのだ。
その中でオパッセから例の話が飛び出した。
バドニアの正規兵が何人も殺されるのを見たと。
「私たちは犯人の手がかりすら掴めていない状況なんです。彼が何話を見たのか、どうしても知りたいのです」
話を最後まで聞いていたシャラディーは考えるように下を向き、すぐにパッと顔を上げた。
「彼は話してくれないかも知れません」
「どうしてですか?」
「その前に、私の事もお話ししておきましょう。先程も申しましたように、私は“寝ずの番人”の一員です」
どの国でも行われている事なのだが、要注意人物には監視を付ける。
罪を犯した者、これから罪を犯すかも知れない者など、政府や軍が認定した人物がその対象となる。
ただ一概に要注意と言っても、ピンキリなのだ。
大きな罪に関与した、若しくは関与すると思われる人物には軍の諜報員が配置される。
それほどでもない、と判断された場合は民間業者に頼むのが通例である。
「そもそも、オパッセ程度の男がどうして監視の対象になったんでしょうね? 軍が気にする所があるようには思えませんが」
「…今回は特別にお話しします。問題視されているのは、彼が人身売買の業者と接触を持った部分です」
それならと、ケベスとリャガも腑に落ちた。
当然ながら、人身売買業者は日の当たる所に出て来る事などあり得ない。
闇に隠れ、こっそりと目的の人物に近付き、仕事を行うのだ。
当時オパッセは軍での取り調べを受けた際、向こうから近付いて来たと証言しているようだ。
「オパッセに商売を持ち掛けた業者がどのようにして彼に目を付けたのか、その手段は判明していません」
更にはその人数や行動範囲、規模など分かっていない事が多過ぎる。
「盗賊は大きく減少しましたが、別の問題が増加しつつあります。これが大きくならないうちに一つずつ潰していきたいと政府や軍は考えているのです」
コルス軍も全てが腐っている訳ではないようだとリャガは安心した。
「重要な案件のようだが、それでも民間に任せるのか?」
ケベスの一言はシャラディーに対して失礼ではないかと、リャガはまた彼を睨み付けた。
「今はまだオパッセさんがその業者と再び接触するのかという確証がないのです。全く縁が切れている可能性の方が高いですから」
「そうですよね、業者だってオパッセ一人に固執しなくても他に標的はいるでしょうから、うん」
とにかくリャガ自身は味方だとシャラディーに売り込む為、たどたどしくも同意した。
「もしもオパッセさんが業者と接触したという何らかの確証が得られれば、この案件を軍に引き渡します」
「ははあ、それは実に重要な役割を担っているじゃないですか。それは気が抜けませんよね」
「え、ええ…」
少々シャラディーは目を丸くした。
「それで、何故オパッセは証言を拒むというのか、それを聞かせてもらいたい」
痺れを切らせてきたのか、ケベスはどんどん口を挟んでくる。
むしろこちらが拒みたいくらいだとリャガは内心憤慨していた。