第4章「グイデンの小さな争い」【10】
仲間の兵に案内され、市場と反対の方向へ進んでいく。
徐々に賑やかさは失われ、人の姿もまるで見えなくなっていく。
でこぼこの道の周りには彼らの膝より高い雑草が一面に生い茂っていた。
その雑草に生まれるように、古びた民家がポツンと建っていた。
「随分とくたびれているな。今にも崩れてしまいそうだが」
情報を得るためにあちこち歩き回ったリャガだったが、こんなに酷い印象を持った民家は他に覚えがない。
遠目にも屋根や壁に穴が空いているのが分かる。
しゃがめば雑草に身を隠すことが容易であるので、監視には苦労がない。
「それにしても、よくこんな場所に辿り着きましたね」
見張りを続けている年上のケベスを、お世辞ではなく褒め称えた。
「決して自力で見つけた訳じゃないんだ。ある意味、奴はこの町では有名人だから、知っている住民が多かったというだけだ」
謙遜している風だが、やや自慢げでもある。
「有名なのですか?」
「ある意味だ。そのせいで奴はあんな所に追いやられたのさ」
オパッセはこの町の古くからの住民の一人である。
元々はこんなぼろ家ではなく、町の住宅街に居を構えていた。
織物工場を経営し、生産された商品は市場での出品は元より他の町へも出火されていた。
順調に稼いでいたという訳である。
美しい妻がいて、四人の子宝にも恵まれていた。
誰もが羨む順風満帆な暮らしを送っていたのだ。
羨ましいという思いは、時として妬みや僻みにも生まれ変わる。
だがたとえそのような目を向けられたとしても、オパッセはどこ吹く風と気にしていなかった。
確かにそれらの悪意の大半になんら脅威はなく、酒のつまみして陰口などで消化されてしまう。
ところが、ごく稀に財産を狙われ、牙を剥いて襲ってくる者がいるのも事実。
美味しい話が舞い降りる。
彼の工場の近くにある更地を、旧知の友人が安く譲ってくれるという。
現在の工場が手狭になってきて大きな注文に対応仕切れない。
新たな工場を建てようかと考えていた矢先であった。
若い頃からの付き合いが故に、人柄は折り込み済みであった。
真面目で嘘をついた事のない、信頼できる人物だと認識している。
その彼からの打診であるのだから、断る理由などない。
一括で払って欲しいとの申し出があったが、オパッセは即了承した。
ありとあらゆる所から金をかき集め、取引先からも借金をし、全額用意した。
それを友人に渡し、後は土地の権利書を友人が持ってくるのを待つだけであった。
だが、いつまで待っても音沙汰がない。
気になって友人宅を訪ねると、そこは蛻の殻となっていた。
近所の者に尋ねると、最近は姿を見ていないと言われた。
やられた、と血の気が引いた。
その土地を売る権利など、友人は持っていなかったのだ。
残ったのは借金だけであった。
オパッセは借金を返済しようと躍起になった。
自らも工場に出て懸命に働いた。
そこまでなら良かった、周囲の人間からも同情が集まっていた。
ところが借金は思うように減らず、工場の経営も苦しくなってきた。
返済の声に責め立てられる毎日に、とうとう彼の心が耐えられなくなったのだ。
ある日の夜、家計に協力する為働きに出ていた妻が帰って来ると、家にいるはずの子供たちがいなかった、一人も。
始めオパッセは“誘拐された”と騒いでいたのだが、その後の軍部の捜査により人身売買の組織に子供たちを渡してしまった事が判明する。
こうなるとその行方を見つけ出すのはとても困難だと軍部は結論を出したのだ。
“子供は高く売れるんだよ! ほら、借金が十分の一減ったんだ!”
妻は半狂乱となって家を飛び出し、そのまま帰らなかった。
オパッセは当然人身売買の罪により収監される。
服役期間を終えたオパッセは、借金の返済が残っている事を理由に、この町で暮らす事を強制的に決められた。
かつて暮らしていた家は、借金のカタに人手に渡っていた。
どちらにしてもこの町の住民は彼が何をしたのか知っている為、近くに住んで欲しくないと彼を拒絶した。