第1章「ユドリカの苦難」【4】
「それこそ、王子が着いてからのお楽しみよ。まずは王子が無事にここまで来られるのかが1番の問題なんだから」
「何だよ、そりゃ。まるで訳が分からん」
「それ程に重要な役割を担っておるという事かな、タルティアス王子は」
テネリミは楽しげに微笑むのみであった。
洞窟の1つには少女ヌウラがいた。
元々はバド国の生まれでバドニア国に移り住んでいた。
バドニアへ向かう途中で両親と死別した彼女の身寄りは親戚のタドだけである。
しかし今はタドとも離れ離れになってしまっている。
テネリミたちに拉致され、現在はコルス国まで連れて来られていたのだ。
彼女にとって頼みの綱は、共にバドニアから連れて来られたミジャルだけだ。
そんなヌウラとミジャルの元を訪れたのは、3人の女性たちであった。
バドニア国の呪術師ルジナとクワン、そしてソエレである。
彼女たちはテネリミからスカウトされ、自分の意思でガーディエフ軍との同行を決めたのだ。
そんな彼女たちの1番の関心事は、良くも悪くも、このヌウラの事であった。
ヌウラは呪術師ではない。
だが呪術師としての力を持っている。
その力は恐ろしく強力で、凶暴であるといえよう。
おそらくは世界中にいる呪術師がヌウラの力を感じ取り、恐怖に震えたはずである。
そもそも他の呪術師の力を感じ取る事自体難しい事なのだ。
それが遠く離れた各国の呪術師の元まで届いたというのだから、恐れ慄くしかない。
そんな真似が出来たのはこれまでにたった1人、フェリノアの魔女ヴァヴィエラ・ルーローだけだ。
そのヴァヴィエラは既に他界し、呪術師界隈は平穏を取り戻したと言って良かった。
それがここに来て、再びヴァヴィエラと同等かそれ以上の力を持った者が現れたのだから、全ての呪術師が恐怖を抱かずにいられないのは当然であろう。
ところが、呪術師たちは突如としてその力を感じなくなってしまった。
ヌウラから力が消失したかのように。
近くにいるルジナたちでさえ、全く認識出来なくなっていた。
ヌウラの存在を把握するには、ごく当たり前の事だが、彼女の姿を見るしかない。
その為、ルジナたちは日課の如くにヌウラの元を訪れていた。
見た目はどこにでもいるような普通の少女である。
ヌウラを見た事のない呪術師は、その力だけを感じて震えているのだが、ルジナたちは違う。
もちろん恐れはあるのだが、それと同時に愛着も湧いてきている。
ヌウラの方も毎日会ううちに、すっかりルジナたちと打ち解けたようだ。
願わくば、この可愛らしい少女にあの強大な力が戻らぬようにとルジナたちは祈っている。
ルジナたちがヌウラと話をしている間、ミジャルは洞窟の外にいた。
女性同士の会話に混ざるのはどうも苦手のようであった。
そこからふと見下ろすと、道をユドリカの方へ歩いていくテネリミとビルトモスの姿を確認した。
仲良くお出かけか、くらいにしかミジャルは思わなかった。
テネリミとビルトモスが向かった先は、ユドリカの長ユーゼフの家であった。
長の家とはいっても他の民家と大きさも外観も変わらない。
中に入った所で、ユーゼフが長である事を示すような特別な物は何も無い。
彼の妻ルスネがお茶を用意し、もてなしてくれる。
「良い香りですな。私は好きです」
「まあ、良かった」
ビルトモスはそのお茶に満足げだ。
ユーゼフ夫妻とテネリミたちが向かい合って長椅子に座る。
本当にやつれた、とテネリミはユーゼフを見て心底そう思い心配した。
「驚いているかね? だが病気という訳じゃないから安心してくれ」
心労が重なって食が細くなっただけだとユーゼフは笑い飛ばす。
「それ、ちっとも大丈夫じゃないから。ルスネが心配しているわよ」
「むむ…」
テネリミの記憶の中にいるユーゼフは、とにかくよく食べる男であった。
その人物が食を細くしたなどと、よほどの心労に違いないと彼女は思った。
「ここら1帯を支配しようとする輩が現れたんだ。名はエギロダ」
今から2年前、エギロダは降って湧いたようにこの地に現れた。