第4章「グイデンの小さな争い」【5】
「俺たちは確かに茶色兵だ。今日ここへ来たのは、ディアザでの件ってのも間違いない」
「だろうな。待ち伏せしておいて正解だったよ」
「そうだな。あんたみたいなのがいるとは思いもしなかった」
「総大将の息子なら重要人物だ。取り返したくなるのも分かる」
「俺が思うに、あんたは誰よりも強い。ヤリデルを奪われない為には、あんたくらいの猛者がここにいるしかない」
どうにもトデネロがまどろっこしい事を言っているようにしかティーラには思えなかった。
これでどうにかなるのだろうか、とも。
「教えてやるよ。“ディアザでの件”は、一つじゃない」
ミグラの思考が激しく回り始めた。
ヤリデルの奪還以外に何があるというのか。
「分かりゃしないか。俺たちは大切な仲間を失った。長年、苦楽を共にしてきた頼れる兄貴分だ。その人への信頼度と比べれば、ヤリデルへのそれはカスみたいなもんだ」
ようやくミグラの中で繋がった。
「ヘルザダット様を襲った奴の事か」
足元のヤリデルは面白くなさそうに、膨れっ面をしている。
「彼は強敵だったとヘルザダット様も感心しておられた。実際、我々も仲間を三人失ったのだから」
そこでミグラは、ふと我に返った。
「仇討ちか⁈」
「今ヘルザダットについているのは、あんたより格下の護衛兵ばかりだ。それに、こうして時間も稼げた。あんたがここにいて正解だったのは、俺たちの方さ」
トデネロの言葉が終わる前にミグラは独房を飛び出していた。
咄嗟の事にティーラは剣を突き出したが間に合わず、トデネロも黒い棒を投げたが、当たる前に階段へ逃げられてしまった。
「どうしよう⁈ あんなのが行ったら、二人ともやられちゃうよ!」
「ティーラ、こっちが先だ! ヤリデルを外に出すぞ!」
独房へ入ってきたトデネロたちへ向けたヤリデルの顔は、まだむくれていた。
「俺への信頼はカスってか?」
「うるさいわね、助けに来てあげたんだから、まずは”ありがとう“でしょう?」
片足は腱が斬られている為使えないが、もう片方は無事である。
拘束している縄を解き、ヤリデルを立たせてやる。
ティーラが肩を貸してやれば、何とか移動も可能である。
「任せたぞ、ティーラ。俺はニューザンたちを助けに行く」
「ホントに⁈ 大丈夫だよね? 無事に帰って来てよ!」
「ニューザンを置いて逃げたら、リナータに殺されるよ」
街の外ではリナータが馬車で待っている。
彼女が願うのは、息子ニューザンが無事に戻る事のみと言っても過言ではない。
床に落ちていた自分の黒い棒を拾い、トデネロは先に階段を駆け上がって行った。
ヌラムは突進し、ヘルザダットの護衛兵二人と相対する。
護衛兵たちが突きを繰り出せば、ヌラムも突きで応戦する。
この狭い通路では、剣を振り回すより突きの方が有効なのだ。
ヌラムは足が止まってしまった。
互いの剣がぶつかり合って分かる、思った以上に護衛兵の突きが鋭く、重い。
これが副将軍の護衛兵なのだとあらためて、知る。
だがセギレはたった一人で彼ら三人を倒したと聞いた。
その後にヘルザダットに斬られたと。
だから引く訳にはいかない。
この二人の向こうにヘルザダットがいるのだ、あと少しで悲願が成就する。
ヤリデルに継ぐ実力があると言われたセギレに、ヌラムは日々鍛えられた。
まだまだセギレの足元にも及ばないとはいえ、諦めるなど出来ようがない。
しかし突きを一度出すと、それを二本の剣で弾かれる。
間合いを読まれてしまっているかもしれない。
手や腕にかかる衝撃が大きな負担となっていた。
もっともっと鍛錬を積んでおくべきだったと後悔する。
その時、後ろから足元に転がってくる白い玉にヌラムは気が付いた。
「これ…」
突然、玉が弾けて白い煙が一気に吹き出した。
辺り一面が真っ白になる。
「いかん!」
「ヘルザダット様、お下がりください!」
護衛兵も慌てているようだ。
視界を奪われたこの状況なら強引に行けるかもと、ヌラムは突進する構えを見せた。
「ぐっ…!」
ところが、腕を掴まれ後ろへ急激に引っ張られた。