第4章「グイデンの小さな争い」【2】
そこへムラナガ率いる二十数名が雄叫びと共にぶつかってきた。
流石に剣は使わず、揉み合ったり殴り合ったりの乱闘となった。
数ではヤリベー側が不利である。
ヘルザダットは、建物内に控えさせていた自身の護衛兵を参戦させた。
同じ緑色の鎧を着たリグ・バーグ軍の兵士が、敵味方に別れて喧嘩をしているのだ。
早起きをしたグイデンの住民は、口をあんぐりと開けて眺めるしかなかった。
その乱闘の最中、おかしな動きを見せる正規兵がいた。
身を屈め、目立たぬようにその場から離れ、建物の裏手へと回り込む。
無論、ヤリデルの奪還を目的としたニューザン以下四名である。
彼らは緑色の鎧を着ていたが、これは日の出前に南の駐屯所で兵士が集合している時に、リグ地方の兵士から拝借したものだ。
当然、兵士を不意打ちに襲って気絶させ、強引に剥ぎ取ったのだ。
「ちょろいもんじゃん、これで計画はほぼ成功したようなものよね!」
ティーラがはしゃいでいる。
「気を抜くな、何があるか分からんぞ」
嗜めるニューザンだったが、順調なのは疑いようがなさそうだ。
リグ側指揮官ムラナガに偽の書簡を渡して信じ込ませ、ヤリデルを引き取るように命令した。
それでもバーグ側が応じなければ、実力行使もありだと書簡には記してある。
今のところ、その通りに物事が運んでいる。
南の駐屯所と同様、こちらの建物も裏手に勝手口があった。
彼らはそこから内部に侵入を試みる。
ところがその時、ヌラムがニューザンの腕を掴んだ。
「ヘルザダットを仕留めなくていいの? どさくさ紛れにやっちゃおうぜ」
「焦るなと言ってるだろう。ヤリデルを探すのが先決だぞ。この人数で二つ同時にってのは無理がある。いいかヌラム、先にヤリデルだ」
どちらかというとセギレの仇討ちを最優先させたいヌラムは、ニューザンに根拠のない疑惑を抱いた。
「まさか、やらないつもりじゃないよな?」
「馬鹿言うな、ちゃんとやるに決まっているだろう」
「やめてよ、ヌラム。時間が無いんだよ。あの騒ぎが収まっちゃったら、何も出来なくなるじゃない」
カッとヌラムの顔が熱を帯びる。
「時間がない? そうだよな…」
分かってくれたのか、トデネロには半信半疑であった。
「時間がないのに、ヤリデルを脱走させて、ヘルザダットも討つって? 出来るわけないじゃないか!」
「ヌラム…」
「いいか、必ず機会は来る。混乱が続いているうちにヤリデルを脱走させれば、次はヘルザダットだ。だが万が一今回その機会を逃したとしても、何とかしてやる。だから…」
どうにかヌラムを落ち着けようとするニューザンだったが、その思いは届かなかった。
「冗談じゃない! 何が“次は”だ⁈ 俺は今までずっと我慢してきたんだぞ! これ以上待てるもんか!」
その途端、ヌラムは走り出し、先に建物に入って行った。
「ヌラム!」
「俺が追う。トデネロとティーラはヤリデルを探せ。恐らくは地下があるはずだ」
勝手口から入り口の方へ向かったであろうヌラムを追って、ニューザンも続く。
その後からトデネロとティーラが入り、地下へと降りる階段を探した。
建物前での乱闘はまだ続いていた。
ヘルザダットの護衛兵が参加した事で数は互角になり、ますます決着がつけにくくなってしまった。
護衛兵のうち二人を連れ、ヘルザダットは建物の中に入っていた。
「ヤリデルの元へ向かう。先にミグラが行ってくれているはずだが、胸騒ぎがする」
兵を自分の前後に配し、一列でヤリデルのいる独房へ向かう。
だが、前にいる兵の足が止まった。
奥から緑色の兵士一人が走ってくる事に気が付いたのだ。
残念ながら、敵か味方か分からない。
「そこの、止まれ!」
護衛兵は右手を突き出し、手を広げて走ってくる兵に命じた。
ところが、止まらない。
それどころか、剣を抜いた。
「副将軍、お下がりを!」
後ろにいた兵がヘルザダットの服を引っ張り、自分と入れ替えて後ろへ下がらせる。
護衛兵二人も抜刀した。
ヘルザダットは振り向き、背後から襲って来ないか注視した。