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第4章「グイデンの小さな争い」【1】

 ムラナガは更に一歩進み出た。


「このような早朝から南駐屯所総員で押しかけてしまった事、すまないと思っている」


 この合間にヤリベーの部下が馬に跨り、飛び出して行った。


 彼らの指揮官の自宅へ向かったのだと思われる。


「だが我らにとっても一刻の猶予も無いのだ。分かってもらいたい」




「南の皆んなも本気じゃない。これって、全部思い通りだよね?」


「静かにしろよ。バレるぞ」




 携えた筒から丸められた紙を取り出したムラナガは、それを広げてヤリベーに見せつけた。


「これは我が副将軍ネルツァカ・オエ様直筆の書簡である」


 北の兵は揃って驚きを見せた。


「これには、こう記されている。ヤリデルを引き渡すよう要請せよと」


「ばかな…」


「殺された通産大臣アッゼイラ殿は、リグ地方にて任命され、リグ地方にて御尽力なされてきた重鎮である。リグ地方の者の手で事件に決着をつけねばならん。よって、ヤリデルの護送は、我らに任せていただきたい」


 ちなみに、この書簡が本物かどうかをヤリベーに証明する義務は無い。


 既にリグ側によって確認済みだから、ここに持ってきたのだ。


 それをバーグ側が疑うのは許されない。


 立場が逆でも然り。


 オエ副将軍への侮辱に他ならない。




「騒がしい限りだが、まさか演習という事はないだろうな?」


 駐屯所の建物から出てきたのは、着替えを終えたヘルザダットであった。


「副将軍、申し訳ありません。このような事態となってしまいまして」


「よい、中からでも聞こえておった。大体の事情は理解した」




「奴だ、出てきやがった」


「落ち着け、まだだぞ」




 バーグ側の兵が道を開ける。


 そこを通り、ヘルザダットがムラナガの前へ立った。


 一地方の一駐屯所の一指揮官からすれば、副将軍は雲の上の存在である。


 現にリグ側の兵は萎縮して身動きひとつ取れなくなっていた。


 しかし、ムラナガだけは違った。


「恐れながらヘルザダット副将軍、オエ副将軍からの命により、ヤリデルを引き取りに参りました。即刻お渡し下さるようお願い致します」




 この時ミグラは駐屯所建物の地下にある独房まで来ていた。


 その中ではヤリデルがひっくり返って熟睡していた。


 扉の鍵を開けると、その音で彼はふと目を開いた。


 無言でミグラが独房の中へ入ってきた。


「何だよ、出発か?」


 彼の問いには答えず、ミグラはヤリデルと扉の間に立ち、顔を扉の方へ向けた。




「アッゼイラ殿の件、誠に遺憾であった」


 静かに、心から通産大臣の私を悼むようなヘルザダットの声である。


「しかしこれは決して、リグ地方の皆だけへの言葉ではない。バーグ地方の皆へ向けた言葉でもある」


 不思議とヘルザダットの言葉が、ムラナガやリグ側の兵の心に染み込んできた。


「通産大臣アッゼイラを失った事は、リグ・バーグ国としての深い悲しみなのだ。それをまず理解してもらいたい」


「そ、それはもちろん…」


「私はこの度の凶行に怒り、犯人にこの上なく憎しみを覚えている。だからこそ、私はこの手でヤリデルを本城の牢獄へぶち込んでやりたいのだ」


「え…」


 従って、とヘルザダットは続けた。


「残念ながら諸君らにヤリデルを渡す事は出来ない」




「…だろうねー」


「そろそろ始まるか?」


「おう、いよいよだ」




「い、いや、しかし! これはリグ地方の者を手にかけた犯人をリグ地方へ差し出せという内容であり、しかもオエ副将軍からの命でもあるのです!」


 たとえ副将軍対副将軍であっても、この概要であれば犯人を差し出すのが慣習である。


「オエ副将軍には後日、私自ら詫びを入れよう」


「ま、ま…」


「ムラナガ以下南駐屯所の兵士諸君はご苦労であった。この後は速やかに配置に就き、街の安全をはかってくれ」


「待たんか…」


 ヘルザダットは踵を返す。


 次の瞬間、ムラナガは持っていた書簡を放り投げた。


「平和的解決は失敗した! 残された道は実力行使しかない! これもオエ副将軍からの命令であるぞ! 総員、私に続けー!」


 ムラナガの声と共に、リグ側の兵が一斉に突進してきた。


 ヤリベーはムラナガとヘルザダットの間に慌てて割り込んだ。

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