第3章「八つ鳥の翼の戦い」【10】
リグ側をけしかけてヤリデルの奪還を手伝ってもらおうと言い出したのは、ニューザンである。
無論、そのままリグ側に渡してしまっては意味が無い。
バーグ側から奪い取った後、あらためてリグ側からもいただいて、逃げ去ろうというつもりなのだ。
単身リグ側の駐屯所に乗り込むとニューザンが明かした時、仲間の誰もが反対した。
「バレたら絶対ダメなやつなんだろ? そんなの危険すぎるって!」
呆れて怒るトデネロ。
「ああ、その通り。バレたら俺もヤリデルと一緒にリグ・バーグの本城送りだ」
ニューザンは落ち着いている。
「勝算はあるのかい?」
「当たり前だ。何も考えずに獣の群れの中へ飛び込んだりしないだろう? 母さんこそ忘れてるんじゃないのか、俺がフェリノアで鍛えられたって事を」
「忘れるもんかい」
かつてニューザンはフェリノア軍の諜報部で働いていた。
その頃の地位はどうあれ、基本的な事はきっちりと叩き込まれている。
母リナータとて忘れるはずもない。
何しろ息子の為に軍へ乗り込んで、大立ち回りをしでかしたのだから。
「最初の関門は単純に中へ入れるかどうかって所だが、これは問題ない」
他国の軍と同様に、リグ・バーグ軍にも副将軍が複数名存在する。
その内の一人、リグ側にネルツァカという副将軍がいる事をニューザンは知っている。
「そいつの名を出せば無下に門前払いはされまい。問題はその後さ」
ニューザンはネルツァカ署名の文書を渡すという。
「もちろん偽物だが、相手が信じればそれは本物になるってものさ」
フェリノア軍で培った知識を生かし、リグ・バーグ軍の、副将軍の、そしてネルツァカの文書を偽造した。
「でもさ」
ヌラムは不安を隠せない。
「もしも、その印だの味だのが変わってたり増えてたりしたら、その…」
「まあ、その時は俺は副将軍の名を騙る不届きものだよな」
捕まるか、即殺されるか。
いくらネルツァカの名を出したとはいえ、半分は疑われるであろう。
所持している武器や、煙玉などの小道具は取り上げられるに違いない。
「街の駐屯所の人数なんざ大した事はない。いざとなったら強行突破するさ」
そう言ってニューザンは笑うのだった。
「さっきも言ったが、デキる指揮官なら書簡を偽物と見破っているかもしれない」
本物と信じた振りをしていた可能性があるという事である。
その時は信じていても、ニューザンが帰った後で気付かれたかもしれない。
「でも書簡に記された指示通りに奴らが動けば、大丈夫って事よね?」
ティーラの言葉にニューザンは首を横に振る。
「どうして?」
「それも芝居って可能性がある」
例えば、と付け加えてニューザンは語る。
国段階におけるリグ地方とバーグ地方の仲の悪さは言わずもがなだが、各街ごとだとどうだろうか?
「グイデンの連中が、実は交流を深めていて連携が取れている、なんてな」
そんな事あり得ないと断言出来る保証はどこにもないのだ。
「じゃあどうするんだい? かもしれないかもしれないと疑って、動かないつもりかい?」
「そんな訳ないさ。もう始めちまったんだからな。要はこっちも疑ってかかれって話だよ」
彼らは僅かな時間、仮眠を取った。
そしてまだ暗いうちから行動に移った。
明け未明。
グイデン・バーグの北駐屯所の前には、二十名前後のリグ・バーグ正規兵が集まっていた。
その中にムラナガの姿がある。
つまり彼らは南の駐屯所、リグ側の兵士である。
当然、この事態にバーグ側の兵士も静観してはいられない。
夜間の勤務者だけなのでリグ側の半数だが、彼らも全員表に出てきた。
「騒がしいな、何事か?」
異様な空気に目を覚ましたヘルザダットがベッドから身を起こした。
ミグラは窓から外の様子を窺っている。
「北の兵が押しかけているようですな」
「…ほう」
ムラナガが一歩前に出る。
「私は北駐屯所の指揮官ムラナガである。現在の責任者はどなたか?」
するとバーグ側からも一人前に出る。
「副指揮官のヤリベーです。ムラナガ殿、これは一体何の真似でしょう? 事と次第によっては大きな問題になりますぞ?」