第1章「ユドリカの憂鬱」【3】
バドニア国を抜け出したガーディエフ一行は、東の国境を越えてコルス国へ潜り込んだ。
彼らは自らをガーディエフ軍と呼ぶことに決めた。
兵の数は5百と少ないが、士気は高い。
ガーディエフ軍はバドニアとの国境から東へ離れ、呪術師テネリミの案内の元、小さな集落へ辿り着く。
集落の名はユドリカといい、その長はユーゼフといった。
「久しぶりだなあ、テネリミ」
「ご無沙汰しております、ユーゼフさん」
知人との再会を喜ぶどころか、テネリミはユーゼフの変わりように動揺を隠せなかった。
「体調でも崩されたのですか?」
見るからに恰幅の良かった体型は、今やその半分以下に痩せてしまっていた。
「それについては後で話そうじゃないか。それよりもまず、お連れさんたちを奥へ案内してやらんとな」
ユドリカの南には岩山が連なり、そのあちこちに洞窟があった。
それぞれの洞窟はさほど広くも深くもない為、兵は幾つかに別れて腰を落ち着ける事にした。
軍の責任者であるガーディエフ・ゼジゼイも、ユーゼフに感謝の意を伝えた。
ただ責任者とは名ばかりで、ガーディエフはこの集落へ来る事も、長と知り合いだともテネリミからは聞いていなかった。
軍の指揮官であるビルトモスとて、聞かされていたのは、近くの集落へ向かうといった程度のざっくりしたものだった。
洞窟の1つにガーディエフとビルトモス、そしてテネリミが集まった。
「この辺りにはユドリカの人間もほとんど来ないから安心していいわ」
岩場に腰かけたテネリミは、2人に対して警戒を解いても構わないと言った。
テネリミはかつてフェリノア王国で城勤めの呪術師であった、もちろん自称ではあるが。
その職を辞した後、神の啓示を受けて現在の行動に出たのだとか。
「まあ、その辺はいいじゃない。どのみち嘘みたいな話なんだから。神の啓示と同じくらいの、ね」
各地で協力を仰ぎ、準備を進めながらバドニアへ入り、ビルトモスと出会い、ガーディエフを脱出させた。
ここユドリカもバドニアへ来る途中で見つけたのだとテネリミは言う。
「ユーゼフに力を使ったかって? 簡単に言うと、使ったわ。敵対心を消すくらいには、ね」
素性を隠してもユーゼフには初対面で呪術師だとバレてしまったらしい。
警戒されたままでは時間が無駄になると、テネリミは呪術師としての力を使ったのだとか。
「集落の人たちにも使ったわ。もちろん全員になんて私じゃ無理だから、権力のありそうな数人に使っただけよ」
ユーゼフや有力者の知り合いだと分かれば、集落の人々もテネリミを信用する。
「そこまでしてここを隠れ家にしたのだから、ここで何かあるのだな?」
ガーディエフの言葉にテネリミは茶々を入れず、素直に肯定した。
「待ち合わせをしているの」
「む。一体、誰と?」
「会ってからのお楽しみ、なんてこれ以上はぐらかすとお2人の信頼を失ってしまいそうだから、白状するわ。フェリノア王国のタルティアス・フェリノ様よ」
躊躇なくテネリミはさらっと言ってのけた。
名前だけを聞いても、ビルトモスはきょとんとするだけであった。
しかしガーディエフは違うようだ。
「はて、タルティアスとな…どこかで聞いた覚えがあるぞ…フェリノ、王族…」
しばらくすると、ガーディエフがふと顔を上げた。
「ガーディエフ…第5王子ではないか?」
テネリミは笑顔で首を右に曲げる。
「残念、第6なのよ。でも王子は正解、これは流石よね」
ガーディエフは指折り数えて首を捻った。
6人もいたかな、と。
「第5王子にオセアスっていう、とんでもなく迷惑なのがいるのよ。だからフェリノア側は公表しなかったのね、きっと」
「迷惑か、私も兄上に多大な迷惑をかけたのだろうな」
「とにかく! タルティアス王子が合流するから、それまではここで待機って話」
ビルトモスが手を挙げた。
「あんたは平然としているが、フェリノアの王子がこんな所まで来るなんて只事じゃないんだぞ。そこを詳しく教えてくれ」
するとテネリミは真剣な表情になった。