第3章「八つ鳥の翼の戦い」【8】
「じゃあゼオンはどうなの? エルスが呪いで今よりもっと強くなったら、どうするって言うのよ?」
アミネにそう問われ、ゼオンは腕組みをして考えた。
そして何かに気付いたように目を見開いた。
「どうもしねえな…何がどうなろうとエルスはエルスだ」
ホッとアミネは一息つく。
「ゼオン、ちょっと顔をこっちに向けて」
「お? お、おう」
何かを期待して顔を突き出すゼオンだったが、アミネに引っ叩かれた。
「変な事言うからよ」
リグ・バーグ国バーグ地方グイデン・バーグ。
酪農が主な産業であり、野菜や果物より肉が手に入りやすい。
隣国トミアとの国境にほど近いこの街には、南北に一箇所ずつ正規軍の駐屯所がある。
北にあるのはバーグ地方軍の、南にあるのはリグ地方軍の管轄であった。
南北から挟まれる格好なのは、この街の住民にとっては安心できる材料なのだ。
大戦の後、この国には盗賊団が大量発生した。
他国からは“盗賊天国”などと揶揄される事もしばしばあった。
国軍が治安を維持する機能を果たしていなかった事が一番の原因と思われた。
時には大盗賊団と呼ばれる規模の大きなものが、同時に四つも存在していた時期があった。
そのウチの一つの拠点がこの街からあまり離れていない場所にあった為、住民は気の休まらない日々を過ごしていたという。
その大盗賊団も数年前に消滅し、更には正規軍に守られている訳だから、安心以外の何ものでもない。
「…とまあ、グイデンを公に説明するならこんなところだ」
元エスリルケ軍のニューザンは、仲間のトデネロが入手してきた情報を頼りに、グイデン・バーグを分析していた。
数日前、この街にリグ・バーグの副将軍ヘルザダットが護衛の兵士と共にやって来た。
囚人であるヤリデルを護送中でもあり、彼らは北の駐屯所へ入る。
ニューザンたちは二日の間を空け、グイデン・バーグに潜入したのだ。
「一見平和が担保されてると見られがちだが、それこそが落とし穴って事さ」
目的はもちろんヤリデルの奪還である。
「つまりは?」
ティーラがニューザンの顔を覗き込んでいる。
「少しは自分で考えろよ。いいか、あの会合を思い出してみろよ」
「大臣を二人も殺しちゃったから計画が狂って、結局エルスにやられちゃった」
「そんな事を思い出すな」
エルスにやられた一人であるニューザンにとっては、思い出したくない記憶である。
するとヌラムが遠慮がちに右手を挙げた。
「リグ・バーグは代表が二人だった」
「その通り。最も重要な点だ」
元々リグ・バーグ国の代表はバーグ地方側のヘルザダットだけだったのだが、後からリグ地方側が大臣アッゼイラを無理矢理ねじ込んできたのだ。
残念ながらアッゼイラはヤリデルに殺されてしまった訳だが。
「単純な話さ。リグ地方とバーグ地方は仲が悪い」
「けど、リグ地方の大臣を殺したヤリデルをバーグ地方のヘルザダットがバーグ地方管轄の駐屯所に連れて行ったなんて、ややこしくない?」
ティーラは面白がっているように見受けられた。
「拗れるよなあ。リグ地方側は自分らの大臣を殺した犯人をバーグ地方に取られたんだから」
リグ側は罪人ヤリデルを自分たちの手で本城へ送り届けたいと願っている。
「ただし相手は副将軍。これにはリグもバーグも関係ない。おいそれと手を出す訳にもいかん」
「まあ、そういう私たちも敵の戦力に恐れをなして手が出せないときたから、笑えないね」
だが母リナータの皮肉にもニューザンは余裕の顔を崩さなかった。
「俺たちとリグ側、ヤリデルを奪うって目的は同じなんだから、一旦手を組むのもアリなんじゃないかと思ってるのさ」
「正規軍が私たちなんて相手にしてくれるのかな?」
素性などバレようものなら、ヤリデルの奪還どころか自分たちも追われる羽目になるのは必至てあろう。
「無策で飛び込めば間違いなくそうなるよな。だけど、そんな馬鹿はしないよ。俺だって伊達にフェリノアの諜報部にいた訳じゃないんだぜ?」
まずは自分に任せろとニューザンは皆の前で大きく出た。