第3章「八つ鳥の翼の戦い」【7】
長い入院生活に焦りを感じていたのはゼオンであった。
「体力が落ちてやがる。間違いなくスッカラカンだ」
筋肉に覆われた彼の全身が細くなったのは、アミネも少々感じていた。
とはいえ、だからどうだと言われても何もないのも事実。
するとゼオンは揺れる馬車から急に飛び降りるのだった。
「何やってるの⁈ 危ないじゃない!」
確かにこれが普通の馬車なら転んだりして大変危険なのだが、馬車を引いているのは老馬トズラーダである。
特に大人なら苦もなく降り立つ事が可能なのだ。
実際、ゼオンは馬車と並んで歩いている。
走る必要がないという事だ。
「よしエルス、お前も降りろ。そして歩け」
「僕は大丈夫です」
「大丈夫なもんかよ。せっかく体力をつけてた所で入院しちまったんだぞ。元に戻さなきゃ戦えねえじゃねえか」
「まだ本調子じゃないので」
「すっかりサボり癖がついちまったか。そんなんでシュネアを守れるのか?」
痛い所でも突かれたのか、エルスは黙ってしまった。
「エルス、降りなさい」
御者席から振り返ったアミネが言った。
「シュネアを守るかどうかは別にして、そこに座ってるだけで本調子になんてなれないから」
長い沈黙の末、エルスは渋々腰を上げて馬車から降りるのだった。
珍しく援護射撃をしてくれた事が嬉しくて、ゼオンはアミネに笑顔を振り撒いた。
ただ、それには苛ついたようで、
「言っとくけど、ゼオンを助けたんじゃなくてエルスの事を思ってだからよ。勘違いしないで!」
こうしてゼオンとエルスは馬車について徒歩で進む事になった。
ゼオンほどの脚の長さがないエルスは、少々大股で歩かなくてはならない。
一方老馬トズラーダは二人分軽くなったので、比較的快適そうに見えなくもない。
それでもバテるトズラーダの為、街道から外れて休憩を取る事にした。
エルスも歩き疲れたらしく、すぐに地面に寝っ転がった。
アミネも身体を伸ばそうと御者席から降りたところで、ゼオンが近付いてきた。
「何よ? 変なこと言うなら、また引っ叩くから」
「信用ねえんだな。違うんだって。ちょっとした疑問があるんだが、アミネなら分かるかもと思って」
そこでゼオンはエルスの方を一瞥した。
「他でもねえ、エルスの事だ」
「エルスの? だったら聞くけど」
少々寂しかったが、ゼオンは続けることにした。
「アイツの強くなり方が半端ねえんだ」
「どういう事?」
「ディアザでリナータやヤリデルと戦った時、速さも腕力も信じられねえくらいに上がってやがった」
かつてエルスとゼオンで試合をした事があった。
その時は確かに互角だとゼオンは認めていた。
だがディアザで茶色兵を相手にしたエルスは、ゼオンの想像を遥かに超えていたという。
挙げ句の果てにはティーラにも、エルスの方が速いと断言されたのだ。
「で?」
「で、って…」
気付くとアミネが死んだ目でこちらを見ていた。
「エルスの方が強くなったからヤキモチでも焼いてるのね」
「ば、馬鹿、そうじゃない」
「“そんな事ないよ、ゼオンの方が強いわ!”とか、慰めてほしい訳?」
突然ゼオンが顔を近付けてきたので、アミネは右手を振りかぶって反撃しようとした。
「呪いが関係してるんじゃねえのか?」
その声を落としたゼオンの言葉に、アミネはやや戸惑った。
「アイツの中には、あの化け物がいるんだろ? そのせいで信じられねえくらいに成長してるとしたら、不味くねえか?」
「べ、別に強くなるのは悪くないじゃない。自分だってそう言ってたでしょう?」
「あの化け物が、外に出てきちまってる訳じゃねえのかって聞いてるんだ」
迷いが生じた。
あくまでゼオンの推測に過ぎないが、呪いのせいで強くなるなんてあり得ない、と否定する事が出来なかった。
いや、今ここで否定していいものかどうかの判断が出来ない。
「百人が百人とも成長速度が同じなんて、それこそあり得ないじゃない。誰だって爆発的に成長する時期があるでしょう? 今のエルスはきっとそれよ」
かといって肯定するのも怖い気がした。
エルスをそんな目で見たくなかった。