第3章「八つ鳥の翼の戦い」【5】
コルス国。
ルーマット村と市場のある町の中間辺りが現場となった。
この付近のみ雨が降ったのか、地面はぬかるんでいた。
ガーディエフ軍のビルトモスを始めとする兵士たちは、呆然と立ち尽くしていた。
彼らの足元には、泥だらけの遺体が転がっていた。
いくつも。
遺体の全身にこびりついた泥の隙間から、橙色が見えていた。
バドニア軍の鎧の色である。
調べよう、馬を降りたビルトモスが兵士たちに命じた。
次々と兵士たちが泥地の中へ入っていく中、固まったままなのはテネリミとクンザニであった。
遺体が仲間のものであるのは分かっていた。
それでもビルトモスたちは彼らの顔に付いた泥を丁寧に拭い落としてやる。
そこに見知った顔が出てきた瞬間、心が熱いものに支配される。
「何てことだ、こんな…」
市場へ買い出しに出かけた兵士全員が死んでいた。
そう、兵士だけだったのだ。
するとようやくテネリミとクンザニが馬から降りてきた。
「クワンたちがいない?」
呪術師三人も市場へ同行したはずなのだが、この中にはいなかった。
皆、口にこそ出さなかったが、何処か別の場所で殺されたか、或いは連れ去られたか。
「とにかく周辺を捜索しよう。ただし出来るだけ固まって行動するんだ。何かあれば構わず煙玉を使え」
死んだ兵士たちに何があったのかはまだ分からない。
例えば賊に襲われたというなら、まだこの辺りに潜んでいる可能性もある。
二手に別れ、急ぎクワンたちの捜索を開始した。
しかし長い時間に渡り懸命に探したが、三人の姿はおろか手がかりすら掴めなかった。
日が落ちて夜の闇に包まれると捜索を一旦打ち切り、ビルトモスらは仲間の遺体の元へ戻ってきた。
焚き火の周りに遺体を並べて死因を調べてみると、彼らの身体には刺された跡があった。
「鎧の隙間を剣で貫いたんだろう。しかも全員、刺し傷は一つだけだ」
「相手はかなりの手練れだったという事ね」
「こっちは正規兵なんだぞ。抜刀し、動き、斬りかかったはずだ。それなのに、鎧で庇われていない箇所を狙って一撃で仕留められた。恐ろしい強さだ」
クンザニは黙り込んだままである。
微かな希望も見えてこない現状では致し方ないところか。
夜は明けたが空は黒い雲に覆われて、今にも降り出しそうであった。
彼らは地面の柔らかい場所を探し、穴を掘る。
仲間の遺体を埋めてやる為である。
皆、黙々と作業に取り組んでいる。
普段なら畑の草むしりすら手伝わないテネリミが、服が汚れる事も厭わず兵士の鎧を洗ってやっている。
「これからどうする?」
ビルトモスが隣にいた。
「どうすれば良いか分からないけど、このまま“終わり”って訳にはいかないわ。こんな事をした奴を探し出さなきゃ」
そうすればクワンたちの行方も分かるだろうと彼女は考えていた。
彼女の内に秘めた怒りをビルトモスは感じ取っていた。
「増援が必要だな」
今の人数では仮に仇敵に遭遇したとしても、返り討ちに遭う可能性が高い。
ガーディエフへの報告や、これからの対策を練らなければならない。
亡くなった仲間たちを土に還し、ビルトモス一行はルーマット村へ戻るのだった。
先の会合にてアレイセリオン国の代表を務めたサビノアは、無事に母国の土を踏んでいた。
アレイセリオンがトミアの隣国であり移動距離が短かった事も理由の一つだが、とりわけクルル・レア国へ戻るニマジレ姫に同行させて貰った事が最も大きい。
ディアザ市の騒動で護衛兵三人を失った為、一人で帰らなくてはならない所だった。
同じく一人で帰らなくてはならないリーガス国のヌベシャと共にニマジレに頼み込み、了承を得たのだ。
こうして無事には帰国したものの、仲間の正規兵三人を失った経緯を説明しなくてはならなくなった。
本城ホレイザブルスの奥にある会議室で大勢の大臣や役人に囲まれ、サビノアは冷や汗をかきながら事の次第を伝えた。
不可抗力があったとはいえ責任は重大だと大臣から言われた時は、職を失うのではないか、賠償金を払わされるのではないかと肝を冷やした。