第3章「八つ鳥の翼の戦い」【3】
「まあ、それは結果、そうなりますけどね。けど、決してそんなのを意図してる訳ないですよ。そんな不謹慎な」
本心はホローニッドというけしからん奴を退治してほしい、その思いだけでこれまで何組かの賞金稼ぎに声をかけてきたのだとネッチは語る。
しかし彼らは軒並み敗れてしまった。
「そうですね、とにかくホローニッドは許せん奴ですよ。それは間違いない事実ですよ」
息を吹き替えしたかのごとく、タンデが語気を強めた。
「じゃあ俺たちは軍に通報しよう」
コムノバである。
「けしからんが、途方もなく強い。となれば、わざわざ俺たちが戦う理由はない。正規兵なら数で圧倒してくれる。彼らに任せよう」
「確かに」
「無茶しない」
ツーライとシャンは即同意。
「ただし、実際は何もやらん」
「どういう事ですか?」
「軍に通報するとなったら、ネッチに情報料を払わなきゃならなくなる。そりゃあ御免だ」
結論。
「他を当たれ」
「しかし、もったいない。せっかくスメロカを生け捕るだけの実力がありながら。宝の持ち腐れではありませんか?」
「俺たちじゃねえ。あれは、エルスがやったんだ」
「エルスさん…?」
「私の前に“八つ鳥の翼”にいた少年です。今は東の方へ旅をしているのだとか」
少年一人に何が出来ようかとネッチは訝しむが、シャンもコムノバも同じような事を言うばかりである。
「むむ、スメロカのような実力も経験も積み、尚且つ人殺しも厭わない輩を十五歳の少年が倒したとは信じがたいのですが、皆さんが頑なにそうおっしゃられるのなら仕方ありません。そういう事と致しましょうか」
今ひとつ納得がいかない様子のネッチだったが、シャンたちはお構いなしの様子。
「もっと早くに言うべきでしたね」
タンデだけは恐縮している。
「謝ることはねえ。そいつが勝手に話を始めたんだ。スメロカを捕まえたのが俺たちだってぐらいしか情報を持っていなかったんだろう、なあ?」
「ふむ…」
何かしらネッチは考え込んでいる様子。
そして徐に指を一本立てたのだ。
「それは、はあ、なかなか不味い話ではありませんかな?」
「何が?」
「だってそうでございましょう? そのエルスとかいう少年がいなければ、皆さんは束になってもスメロカに叶わないという訳なんですよね?」
「残念ながらそういう事だ」
「“八つ鳥の翼“の名はその界隈で有名になっているのですよ?」
そんな話は最初に聞いた気がする。
「分かりませんか? 賞金稼ぎだけじゃなく、賞金首の連中にも知れ渡っているって話ですよ」
「だから、どうした?」
「スメロカを倒しちゃうような危険な“八つ鳥の翼”を、賞金首の連中だって放っておかないでしょう?」
「つまり何よ、私たちも狙われるって事?」
放っておけば、次は自分たちが狙われてしまうと疑心暗鬼に駆られた賞金首が、やられる前にやってしまえと思うのも無理はないでしょうとネッチは言う。
「でもエルスはいないんですよ? なのに、狙ってきますかね」
「そんな詳細を賞金首連中が知っていると思いますか?」
“八つ鳥の翼”がやった、そんなざっくりとした事くらいしか知らないだろうというのは納得出来る。
「例えばネッチ、お前がホローニッドだとしたら、今この店にいる俺たち以外の客は全員お前の仲間って事になる訳だ」
タンデの背筋が凍る。
「ツーライさん、そんな事あるはずないですよ」
あるはずないと信じたかった。
「スメロカの時に学んだんだ。他人から話を聞いて、自分で勝手に解釈してはならんってな」
スメロカは複数の手下と行動していた。
頭領であるスメロカを、コムノバたちは別の人間をそうだと思い込んでしまったのだ。
それは悲劇に直結した。
「畑の監査役をホローニッドだと言っているのはお前だけだ、ネッチ。本当にそうなのか? 目付きが笑いだの背が高いだの、手配書を作った奴だって騙されているかもしれない。本物のホローニッドは愛想笑いの得意な奴かもしれない」
すると今まで続いていたネッチの笑顔が一瞬にして掻き消えた。