第3章「八つ鳥の翼の戦い」【2】
「身近に?」
「目付きが悪いって…」
ハッとしたタンデが右手を高々と挙げた。
「し、知ってます!」
他の三人も内心では同じだった。
ただその割に、タンデほど気持ちが高揚しているようには見えなかった。
「あれ、あの皆さん、アイツじゃないですか! あの監視役の…!」
焦ったいとばかりに立ち上がろうとするタンデの肩を、コムノバが掴んでもう一度座らせるのだった。
「落ち着け、ばかタレ」
ツーライの声は幾分冷静なものに戻っていた。
「でも、アイツがホローニッド…」
「だから、どうだってんだ?」
「え…?」
はあ、と息を吐いたツーライはコップに残っていた酒を飲み干し、ふう、と息を吹く。
「俺たちは賞金稼ぎじゃねえんだぞ。どこまで行っても俺たちは何でも屋だ」
「それは分かってますよ。でも皆さんの実力があれば、あんな奴一人ぐらい何とでもなるでしょう?」
「そういう慢心が一番危ないんだ」
今のはコムノバである。
「仮に、アイツがホローニッドだとしよう。いや、手配書に載っている通りの風体だ、間違いないかも知れない」
何を言いたいのか、まだタンデには真意が掴めない。
「そんな分かりやすい奴が、今まで他の賞金稼ぎに見つからなかったと思うか?」
「そりゃあ、見つかったかも知れません」
元に本業は商人のネッチですら、見つけられたのだから。
「だとしたら、どうしてアイツはあそこでのうのうと監視役なんてやっていられるんだろうな?」
「どうしてって、それは…」
「本職の賞金稼ぎでも手に負えない、その可能性があるんじゃないか?」
何処かから椅子を引きずってきたネッチはタンデとシャンに間に座っていた。
そのネッチが両の手のひらを見せた。
「いやいや、まあまあ…」
同時に、店の者が人数分の酒を運んできた。
これもネッチが頼んだのだ。
「参りましたなあ。いや実に冷静でいらっしゃる。格が違うとはこの事でしょうなあ」
おべんちゃらにしか聞こえないが。
「そうなんです、皆さんにお伝えしなければならない事がありまして。まあ、今あなたがおっしゃられた通り、そう、ホローニッドはやたらと強い奴なんです」
タンデ一人だけ、ギョッとした。
「今まで何人もの腕に覚えのある賞金稼ぎが奴に挑んでは返り討ちに遭いまして、はい。単独の人はもちろん、賞金稼ぎ団でも叶わなくて、ですね」
「そんなに強いんですか?」
先程運ばれてきた酒を、ネッチは自分の奢りだからとシャンたちに勧めた。
「一体どこで腕を磨いたのか、とにかく剣を持たせたら超一流なんだとか」
以前ホローニッドに敗れるも、ほうほうの体で逃げ帰って来た生存者に話を聞く事が出来たのだとか。
曰く、目にも止まらぬ剣捌きで、ホローニッドの周りにいた連中がバッタバッタと倒れていくのだとか。
少し距離を取っていた生存者は、一瞬仲間たちがなぜ倒れたのか分からない程に、一太刀で仕留められてしまったのだとか。
「…だとか、だとかとうるせい野郎だな。そんな滅茶苦茶な奴、軍に頼めば良いじゃねえか」
酒はしっかりと馳走になるが、ツーライの口の悪さは変わらない。
「何をおっしゃいますか。それじゃあ、賞金が貰えないじゃないですか」
「あんたは情報を渡すだけなんだよね? だったら賞金なんて関係ないじゃない」
シャンの言う事はもっともである。
「いやいや、軍からの情報料なんて微々たるもんで、賞金はがっぽり出すくせに。その点、賞金稼ぎの皆さんは気前が良くて」
すっかりタンデは意気消沈して、酒をちびちびと舐めていた。
「てめえ、ホントにホローニッドが強いって言うつもりだったのか?」
「へ? も、もちろんですけど?」
ツーライの目に殺気がこもり、ネッチはその迫力に押されつつあった。
「今までの奴らにはそれを隠して情報料だけ貰って、そいつらがやられたらまた次の賞金稼ぎから金を貰ってを繰り返してるんじゃねえだろうな?」
同じネタで何度も高い情報料を頂くというやり口か、という話。
「あー、そういう事なんだ。冴えてるねえ、ツーライ。今夜は」
本心から感心するシャンである。