第3章「八つ鳥の翼の戦い」【1】
「また余計なこと言って…!」
店内の賑やかな雰囲気とは違い、この卓だけは空気がピリピリしていた。
「いえいえ、“八つ鳥の翼”がスメロカを捕らえたというのは、その界隈では有名な話です」
本人たちが予想していない程、“八つ鳥の翼”の名は広く知れ渡っているようだ。
何でも屋の屋号だけではなく、一人一人の名前や特徴なども、いつの間にか広まっていた。
かつて彼らが生捕りにしたスメロカという男は、それほどまでに有名人だったという証である。
そこでネッチは、ツーライたちの見た目やアレイセリオンの訛りなどで当たりを付けて声をかけてきたという訳だ。
「いや実はですね、あなた方の他にも三組程声をかけてみたのですがハズレっぱなしでして。あなた方に対しても半信半疑だったのですよ」
しかし思い切って尋ねてみて良かったとネッチは胸を撫で下ろした。
「私らを探していたという事ですか?」
断然タンデは前のめりである。
ツーライもシャンもコムノバも、嫌な予感しかしなかった。
「そうなんです! 実は皆さんに折りいってご相談したい事がありまして」
「断る」
「ツーライさん、まだネッチさんは何も話していません。聞くだけ聞いてあげてもいいじゃないですか」
「聞くまでもない」
酒に赤らんだ顔をネッチに向けて、ツーライはこう言った。
「どうせ賞金稼ぎの手伝いでもしてくれって話だろ。ったく冗談じゃない、そんなのは本職に頼めってんだ」
話の流れからして、ツーライの言う通りなのだろうとシャンも分かっていた。
きっとコムノバも然り。
分かっていなくて目を輝かせているのはタンデばかりである。
するとネッチは懐から四つ折りにされた一枚の紙を取り出し、それを広げて彼らの卓上に置いたのだ。
いやが上にも見てしまう。
それはアレイセリオン軍の印章の入った手配書であった。
いわゆる指名手配犯について記されたものであるが、発行元はそれぞれある。
正規軍や本城などが発行したものは国全土に配布され、発見・通報・捕獲した者への報酬も額が大きい。
他には民間で発行される物もあるが、こちらは配布される地域が限定され、報酬も安い。
ネッチが出した物は正規軍発行であるから、報酬はなかなかの額であった。
“八つ鳥の翼”が身を粉にして野菜の収穫をして得られるそれの七、八倍はあろうかと。
シャンはその金額にのみ惹きつけられた。
「ほほう、これは…“拐かしのホローニッド”ですか。久々に聞く名ですね」
知っている事をひけらかして優位に立とうとする、そんなタンデの態度がシャンは癇に障った。
“拐かしのホローニッド”は人を誘拐し、需要のある所へ売る、いわゆる人身売買を生業とする賞金首である。
「子供から老人まで、彼に狙われたら最後必ず攫われて見知らぬ地へ売り飛ばされてしまうのです。必要なら動物までもね」
「一度は指名手配から外れたと聞いていたのですが、この手配書はまだ新しい。再び手配されたという事でしょうか?」
ネッチは首を縦に振った。
「足を洗ったのか、死んだなんて噂も立ちましたが、とにかくある時期を堺にパッタリと動きが無くなったのです」
それがまた動き出したと認識されたのは、目撃証言が主な理由だとか。
「外見の特徴が一致して、やり口も似通っているって所から軍はそう判断したようですよ」
「おい、あんたは商人なんじゃないのか?
ずいぶんと事情に詳しいようだが」
むくれていたツーライが口を開いた。
「私? ああ、実は私は商人兼賞金稼ぎでして。こういう事にも耳をそば立てているんです」
「一人で賞金稼ぎをしてるのか?」
「無論捕えたりするのは一人じゃなかなか難しいですから、そこまでは手を出しません。私はあくまで情報提供で報酬を得ています」
そんな時、コムノバがやけに真剣に手配書に見入っているのをシャンが気付いた。
「結構な金だよね」
「いや、ネッチが外見の特徴がどうとか言っていたから気になってみてたんだ」
「あら、そうなの」
「こいつ…」
するとネッチが割り込んできた。
「皆さんの近くにいませんか、背が高くてやや筋肉質で目付きが悪い男」