第2章「それぞれの帰路」【10】
「やり方は簡単だ。ほら、下の所を持ってクリっと回せばすぐ取れるだろ」
収穫の仕方は覚えたが、一本の木に幾つも野菜がぶら下がっている。
その木が視界一面、その端は遥か彼方に霞んで見える。
「さあ、途方に暮れている場合ではないぞ。急ぎつつも丁寧にやるんだ。よし、始めよう!」
ヤンドの掛け声が飛び、渋々ながらもとにかく始める事にした。
「こういう作業は腰に来るんだよなあ」
ツーライが愚痴をこぼす。
「ぐだぐだ言ってないで手を動かしなよ」
シャンに叱られる。
日の出と共に始まった作業は、日が沈んで手元が見えなくなるまで続けられた。
ささやかな夕食と、寝泊まりの為の小さな物置が貸し与えられた。
足腰が固まってしまったツーライは、流石に酒を飲みに行く気にもならず、身体を曲げたまま寝床に就いた。
そんな日が何日も何日も繰り返される。
しかし十日目を過ぎた頃、身体が慣れてきた事で余裕が生まれ、ついにツーライは酒場へ行くと言い出した。
当然ながらシャンとコムノバも同行する。
新入りのタンデも珍しく付いてきた。
彼曰く、気分転換が必要なのだとか。
「コムノバ、ありゃあ、いつ終わるんだ?」
町の酒場は三分のニほど席が埋まっていた。
「半分行ったかどうかだね。少なくともあと十日はかかるだろうな」
「サラッと言ってくれるけど、私も身体バキバキなんだよね」
酒を飲んでは身体を伸ばす、シャンは先程からこれを繰り返していた。
「あの監視役の奴、目つき悪いですよね」
タンデが呟く。
「俺たちの仕事ぶりを査定してるのさ。サボってたら減点ってね」
「そんなの、奴次第でしょう? それにあいつ、いかにも悪そうな雰囲気じゃないですか?」
「それはお前の偏見だろ」
「難癖つけてどんどん減点して、報酬を減らそうって魂胆が透けて見えませんか?」
「そうだけどさ、結局雇われってそんな感じよ。どこだってそうでしょう?」
何か言いたそうなタンデである。
「今まで黙ってましたが、私は元正規軍なんです」
告白した。
「ふーん」
「なるほど」
「やっぱり」
三人の反応は抑揚のない返事ばかりであった。
「えっ、知ってたんですか? ヤンドさんにも言ってなかったのに」
「いや、何となく」
「構えとか」
「アレイセリオン軍のそれっぽいねーって、みんなで言ってたのよ」
せっかく秘密を暴露したというのに盛り上がらなかったので、タンデは頬杖をついてしょんぼりしていた。
「んで、そんな元正規兵さんが、何でまたウチみたいな地味な何でも屋に来たのよ?」
仕方なくシャンが水を向ける。
「“八つ鳥の翼”は軍の中でも少し有名になっていて、私は憧れていたんです」
「その話、やめた方がいいだろうな」
コムノバが止める。
「スメロカを捕らえたんでしょう、あの“二十人斬り”の指名手配犯を」
しかしタンデは止まらなかった。
「その名を出すな。酒が不味くなる」
「正規兵を一人で二十人も斬った奴を捕らえたんでしょう? 軍では皆さんを好意的な目で見ていますよ」
ツーライが苛立ち、シャンやコムノバも沈んだ表情をしている。
「私はそんな皆さんと同じ空気が吸いたくて機会を伺っていました。そしたら、欠員が出たとかで人を募集してるじゃないですか! 私は居ても立ってもいられず軍を辞め、皆さんの仲間になったんです」
夢中になって語るタンデには、三人の冷たい視線が届かないようだ。
「あのう…」
タンデの背後から声を掛けてきたのは、彼らの雇い主でも収穫仲間でもなく、見知らぬ男である。
「急にお邪魔して申し訳ない。私はアレイセリオンの商人で、ネッチという者です」
いかにも作り笑顔全開のネッチからは、商人の中でも“いかがわしい”部類の印象を受けた。
「何も買わないよ。金なんてないからね」
「いやいや、決して怪しい物を売り付けようなんて訳じゃないんです。あなた方が“八つ鳥の翼”だと聞こえてしまったもので」
ほら、とばかりにタンデは顔を輝かせた。
「その通り、私たちは“八つ鳥の翼”です。何でも屋ながら、あのスメロカを生け捕りにした精鋭集団なのです」