第2章「それぞれの帰路」【8】
そう、確かにクンザニだけではなかった。
他の兵士たちも仲間の救出に向かおうと準備を進めている。
この動きを止められないとビルトモスも分かっていた。
彼はガーディエフの部屋へ向かった。
無論、これは相談でもお願いでもない。
救出に出発すると決めた事を報告に行くだけなのだ。
ガーディエフの部屋に入ると先客がいた、テネリミである。
ビルトモスが目を丸くしたのは、彼女がガーディエフの前で跪いていたから。
「むむ、お前もか、ビルトモス」
彼に気付いたガーディエフには、その決意も悟られていたようだ。
「お前“も”とは…まさか」
「テネリミにも頼まれていた所よ。特に娘らが心配のようでな」
同じ呪術師としてか女性としてか、それでもあのテネリミが頭を下げてまで願うのなら、彼女の決意も相当なものなのだろう。
「構わん。私もほったらかしには出来んと思っていた所だからな」
考える事は、みな同じ。
急ぎクンザニを含む二十名が選抜され、兵士と呪術師の救出に出発した。
ビルトモスとテネリミも同行する。
「大丈夫かな、みんな…」
消えていく馬の足音に、ヌウラは不安を募らせていた。
「きっと皆無事だよ。案外けろっと帰ってくるに違いないさ」
彼女を安心させようと、ミジャルは気休めにもならない言葉を連ねた。
本当に何の事件にも巻き込まれてなく、こちらでの騒ぎが肩透かしに終わる事が一番良いのにとミジャルは願っていた。
ディアザ市内の病院、入り口の前には一台の馬車が停まっている。
そこに乗り込もうとしていたのは二人の女性、ティティオ国の正規兵カレノとスリヤナである。
「おおーい! 待ったー! カレノー!」
自分の名を呼ぶその声に聞き覚えがあった。
遠くから走ってくるその影は、時折顔をしかめながらも全力で疾走してきた。
「やっぱり、ゼオンです」
中腰になり両膝に手を乗せてゼオンは息を切らしていた。
「くそ…体力落ちたのか…この程度…の…距離で」
入院していた事が原因というなら、自分も体力が落ちているかも知れないと思いながら、カレノはゼオンの息が整うまで待ってやった。
「すまねえ、待たせた。お前が今日退院して国へ帰るって聞いたからよ」
だからそんなに急いだのかと汗だくのゼオンを眺めつつ、ふとスリヤナに目をやった。
「ん?」
「ゼオンに教えたんですか?」
「そりゃあ、退院のお祝いやお見送りが誰もいないなんて、あなたが寂しかろうと思って」
へらへらとスリヤナは答えた。
「俺はまだ入院してろと言われたんだ、腕だけなのに。だから医者や看護師の目を盗んで病院を抜けるのに時間がかかっちまった」
その為、この病院まで大急ぎで走ってこなければならなかったようだ。
それなら、体力云々ではなく息が切れるというものだろう。
「どうしても一言礼を言わなきゃと思ってな。カレノは命の恩人だからよ」
「何よ、大袈裟な」
「大袈裟なもんかよ。お前は正規兵の鎧を着てても背中をざっくり斬られたんだぞ。申し訳程度の皮の鎧しか着てない俺だったら、真っ二つにされてたかも知れねえ」
真っ二つなんてそれこそ大袈裟かと思ったが、もしもゼオンがあの技で斬られたらもっと重症だっただろうし、あるいは命を落としていたかも知れない。
「本当にありがとう、助かった」
「うん、お互い生きてて良かった」
スリヤナが手綱を取り、馬車が動き始めた。
ゼオンは無事だった方の右手を大きく振って彼女たちを見送った。
馬車が見えなくなるとゼオンは踵を返し、また急ぎ出した。
医師や看護師に叱られるのはまだしも、勝手に病院を抜けたのがバレたらアミネにも叱られてしまう。
「お似合いだと思うんだけどなー」
「何の話ですか?」
「あなたとゼオンの話」
「お似合いって、男女の話ですか?」
「他に何があるって言うのよー!」
「そんな感情、ゼオンに持ったことありませんけど」
「今から持てば良いじゃない。何だったら引き返してもいいのよ?」
「結構です」
「えー、つまんなーい」
「どうせなら…」
「どうせなら?」
「ラミアン様の方がいいです」
ふふっ、と自分で笑ってしまった。