第2章「それぞれの帰路」【7】
本城に勤める者ですら、フェリノア国王の姿を見た経験など無いのだ。
だからヌベシャは長時間に渡って質問攻めに遭った。
リドルバは七十歳を超えているが、それより若く見えるか老けて見えるか?
「そうですねえ、年相応の見た目だったと思いますけど」
好きな食べ物は?
「さあ、そんなの聞く暇ありませんでした。それにリドルバ王は晩餐会にも出席されませんでしたので、物を食べている所を見てませんから」
怒りっぽいとか?
「そんな風には見えませんでしたが」
趣味は?
「知りません」
更に画家を呼び寄せてヌベシャの記憶を元にリドルバの肖像画を描かせたり、どんな声をしていたのかと彼女に物真似をさせたりと、役人たちはやりたい放題であった。
会合が中止に終わった事などはどうでもいいようで、ほぼリドルバに関する質問に終始していた。
登城は朝だったがヌベシャが解放されたのはすっかり日が落ちた頃であった。
講師に復職した当初、彼女はここでもまた注目の的であった。
ヌベシャが休職している間に大学では卒業と入学の時期を過ぎ、彼女が知らない顔が増えていた。
新入生たちは国の代表となったヌベシャに羨望の眼差しを向ける。
それは彼女にとって悪い気はしなかった。
生徒からの支持が高い事も、講師から准教授への昇進という自身の出世に少なからず影響があるからだ。
元々その為に代表に応募したのだから。
そんな騒ぎも落ち着いた頃、ヌベシャはふと会合の事を思い出す。
初めは散々であった。
自身を護衛をしていた傭兵たちには逃げられ、一人でトミアを目指していたら盗賊に追い回された。
しかしそこでエルスたちと出会い、護衛を依頼した。
トミアに入国してからも、マセノアの大臣が暗殺される現場を目撃したり、そのせいで首都ディアザを占拠した茶色兵に狙われたりと滅茶苦茶である。
だがそれもエルスたちが守ってくれた。
最後はエルスとゼオンが怪我で入院したので、病院での別れとなった。
「ーーーそれであなたたち、本当にバドニアまで行くって言うの?」
「もちろんです。方向が同じだからヌベシャさんの護衛だって断らなかったんですよ。ただ、まさかディアザで二人が大怪我するなんて思ってませんでしたけど」
想定外であり旅に遅れが出たものの、今回の護衛で得た報酬の金貨がごっそり入った重い皮袋を抱えたアミネは満足げ。
「ヌベシャさんはどうやって帰るんですか?」
病床のエルスが聞いてきた。
「心配いらないわ。ようやくあの小娘、いやニマジレ様がリーガスまで同行してくれるって了承したから」
ヌベシャのみならずアレイセリオン国のサビノアも、護衛の兵士が亡くなってしまい一人で帰らざるを得なくなった。
一方のニマジレは同行者が十四名。
内訳は正規兵が十名、道案内が一名、家政婦が一名、看護師が一名、料理人が一名。
特に正規兵が十名もいるのは心強い。
ご一緒させてくださいと、ヌベシャとサビノアは揃って十五歳のニマジレに頭を下げたのだ。
ニマジレは気が抜けてしまっていたので、どうでもいいと二人の願いを引き受けた。
そういう訳で、十五歳の小娘のご機嫌を伺いつつではあったが、安心して母国へ帰る事が出来たのだ。
学生たちに旅の事を尋ねられると、ヌベシャは喜んで語り、最後にこう言って締め括る。
「実に刺激的な旅だったわ。だけどとても良い経験になって、人生の貴重な糧になったのよ。あなたたちもいつか旅をするといいわ」
コルス国のルーマット村、ここに居候させてもらっているガーディエフ軍の面々は騒ぎになっていた。
隣の町へ食料の買い付けに行った十数名が、夜になっても戻らないのだ。
その中にはルジナ、クワン、ソエレの呪術師三人もいた。
いつも遊んでくれる彼女らの事をヌウラも心配している。
ソエレの事がとにかく心配なクンザニは、迎えに行かせてほしいとビルトモスに懇願していた。
「彼女らに何かがあったのは間違いないと思います。どうか私を彼女らの救出に向かわせてください」
「落ち着け、クンザニ。仲間の身を案じているのはここにいる全員同じだ」