第2章「それぞれの帰路」【6】
ヘルザダットには頼もしい部下がいる。
諜報員のミグラである。
彼はヘルザダットがヤリデルの騒ぎように辟易していると気付き、ヤリデルの口に猿ぐつわをはめた。
両手はがちがちに縛られ、口も開けなくなってしまったヤリデルは恨めしそうにミグラを睨み付けた。
もちろんミグラにとっては、どこ吹く風である。
ヤリデルの大声が聞こえなくなったのをヘルザダットが意識したのは、翌日の事であった。
報告書の作成がやけに捗ると違和感を覚えた彼は、あの騒音が無くなったからだと気が付いた。
馬車の窓から覗いてみると、ヤリデルが口に太い縄を噛まされていた。
「お前が?」
聞くまでもないとは思ったが。
「罪人に好き勝手喋らせておく理由もありませんからな」
実に頼りになる。
ミグラとはヘルザダットが小隊長の頃からの付き合いである。
国内で村同士の争いが起き、それを治めるよう軍本部から命を受けた。
そこでミグラは情報収集に奔走し、いがみ合う村を丸裸にしたのだ。
互いへの不満の根本を知り、解決策を捻り出した。
おかげでヘルザダットは苦もなく村同士を和解に持ち込む事に成功したのだ。
この手腕を軍本部に評価されたヘルザダットは、この後すぐに中隊長へと昇進した。
これがミグラのおかげだと一番分かっていたのはヘルザダット自身である。
感謝の印として、彼はミグラの家族に新しい家を建ててやった。
中隊長の給料では手を出しにくいくらいの立派な家である。
真新しい住まいに喜ぶ家族の姿にミグラは感動し、ヘルザダットに大きな恩義を感じた。
それ以来の仲である。
副将軍になるまで縁が途切れずにいた事を、ヘルザダットは神に感謝する時もあった。
ニューザンは頭を抱えていた。
「正規兵が三十人弱、ヘルザダットが乗る馬車は鉄板張りで矢なんか通さない」
こちらが五人しかいない事を考えると、こちらもまたそれなりの戦力差である。
「どこかで分散させるしかないなー。しかし、どうやって…」
良い案はないものかと天を仰ぐ彼の元へ、トデネロがそそくさと近付いてくる。
「ニューザンさん、奴らこの先の街に入ったみたいだよ」
「ああ、そうかい」
一人斥候としてヘルザダット一行の様子を見に行ったトデネロが、今戻って来たのだ。
「この辺にしちゃあ大きな街だ。ここで護衛の数を増やすつもりじゃないかな」
「駐屯所が…あるのか?」
「あるんだよ、二つも。北と南の端に一つずつ。奴らは北の方へ向かったんだ」
「ほう、よく調べたな」
「え、そ、そうかな。ほら、情報って大事なんだろ? だから頑張ったんだよ」
副将軍が要請すれば、駐屯所の兵を次の大きな街まで護衛として借りるのは容易である。
そうなると、ますます手を出しづらくなってしまう。
するとニューザンは顔を空からトデネロの方へ向き直した。
「駐屯所が二つあるって言ったよな?」
「あ、ああ」
「そんなにデカい街なのか?」
「駐屯所自体もそこそこ大きいから、一つで十分だと思うけど。やっぱり国境が近いからそれなりに兵を配置してるんじゃない?」
その時、何かがニューザンの頭に引っかかっていた。
思い出さなければならない事があったような気がしてならない。
向こうの方からティーラとヌラムが言い争う声が聞こえてきて、トデネロは呆れていた。
「また喧嘩してるよ」
「あっ!」
ニューザンも大声を出した。
隣でトデネロが驚いている。
「ど、どうしたのさ?」
怪訝な顔のトデネロの腕を、ニューザンは力一杯叩いた。
「嘘? 痛いって!」
「よくやった、トデネロ! お前のおかげで突破口が見えた気がするぜ」
「そ、そう…?」
トミアの西の隣国はアレイセリオン、さらにその西にリーガスがある。
会合でのこの国の代表は大学の講師ヌベシャであった。
護衛を務めていたエルスたちとはトミアで別れ、帰りはクルル・レアの第三王女ニマジレに同行させてもらったのだ。
おかげで無事に我が家へ戻る事が出来た。
それから本城へ報告に行き、会合が中止になった事などを役人に伝えた。
本城の興味を引いたのは、その中にフェリノア国王リドルバの姿があった事に他ならない。