第2章「それぞれの帰路」【5】
嫌な話はすっかり忘れ、アミネはコヴィータの部屋を後にした。
彼女の浮かれた様子は背中からでも分かるほどである。
見送った召使いがお茶のポットやカップを片付ける為、コヴィータの部屋へ戻ってきた。
「コヴィータ様、いかがなされました? 顔色が優れないようですが」
決して体調が悪いという訳ではないとコヴィータは首を左右に振った。
「私の悪い所だわ。魔女を殺せとは言えるのに、ネムレシアに近付くなとは言えなかった。彼女が酷い目に遭うかもしれないというのに」
落ち込むコヴィータの為に、召使いは新たなお茶を入れてやった。
リグ・バーグ国の副将軍ヘルザダットは隣国トミアとの国境を越え、本国に入っていた。
このまま本城を目指し、今回の十二ヶ国による会合の顛末を国王へ報告しなくてはならない。
それだけなら良いのだが、色々と面倒な内容も併せて報告せねばならず、彼としても頭の痛い所である。
長い長い報告書の作成も王に謁見するまでに終わらせなくてはならない。
全てを投げ出したい衝動が、十日に一度は彼を襲うのだ。
彼の乗る馬車の後ろからは、馬に乗せられた罪人ヤリデルの姿があった。
リグ・バーグの大臣アッゼイラを殺した罪である。
併せてマセノア国の大臣ヤーべも殺しているので、重罪だ。
罪人なのだから歩かせれば良いのではないかと思うだろうが、ヤリデルは足の腱を斬られた為まともに歩けないのだ。
だからヤリデルは比較的元気だった。
時折口を開いては周りの正規兵たちにあれやこれやと放言を振り撒いている。
それもヘルザダットは少々気に入らない。
そのヘルザダット一行をかなり離れたところから追尾する集団がいた。
男女併せて五人、馬と馬車に別れて標的に近づき過ぎないよう気を配りながら進んでいる。
茶色の鎧に身を固めた彼らは、ヤリデルの仲間であった。
現在の頭領は初老の女性リナータ。
彼女は先の会合におけるいざこざで脚を負傷していた。
「とうとうリグ・バーグに入っちゃったけど、どうするの? このままじゃヤリデルを取り返せなくなっちゃうじゃない」
焦りを募らせているのは最年少の女性ティーラ。
「落ち着けよ、本城に着くのはまだずっと先の話じゃないか」
「そんな事を言ってて、もうリグ・バーグに入っちゃったんでしょう?」
八つ当たりをされたのは若きヌラム。
「確かに、ここは彼らの本国だから、いつ護衛の兵士が増えても不思議じゃない。そろそろ本腰を入れて計画を練らないと」
危機感を覚えているのはトデネロ。
もしも本城へ入られたら助けようがなく、ヤリデルは死罪が確定する。
「まあ、そうだな。そろそろ俺と母さんの怪我も完治する。早いうちに決着をつけて、またトミアに逃げ込むとしよう」
実際に彼らをまとめているのはニューザンで、彼の母とはリナータの事である。
「セギレの仇も取りたい。それ、分かってるよな?」
重要な事だとヌラムは念を押した。
この面子の中で誰よりも長くセギレと行動を共にしてきた彼にとって、むしろヤリデルの奪還より仇討ちの方が必須のようだ。
「分かってるさ、最も注意を払わなくちゃならん事だからな。何しろ、セギレほどの剣士を倒した奴がいる。相当厄介だ」
「それって、ヘルザダットなんでしょう?」
ティーラの問いに、ニューザンはしっかりとは頷けなかった。
「セギレは奴のいる所へ斬り込み、殺された。現場を見た訳じゃないから何とも言えんが、おそらくはそうなんだろう」
「じゃあヘルザダットは俺が仕留める。異論は無いよな?」
もうヌラムはそのつもりだ。
「お前こそ落ち着け。ヤリデルを取り返し、セギレの仇も取る。だがそれだけじゃ駄目だ。全員無事である事、これを守るってのを肝に命じろ」
「その通りだね、でなきゃエスリルケ様も納得してくれないよ」
元々の総大将エスリルケは本国フェリノアへ連行されて行った。
彼も奪還したいという気持ちは山々だが、戦力的に絶対無理、としか言いようがない。
何しろフェリノア国王リドルバの護衛は正規兵が三万なのだ。
だからそちらは早々に諦め、せめて彼の息子のヤリデルだけでもと、彼らはこうして後を追っている。