第2章「それぞれの帰路」【4】
ヴァヴィエラが死んだ後、呪術師の世界も平和であった。
そこへ突然、全身をつんざくような衝撃が走り、アミネは意識を失ったのだ。
あの恐怖は忘れようがない。
「ヴァヴィエラが生きている間、私たちはずっと彼女の力を感じ続けていました。それなのに、今度の者の力を急に感じなくなったのは、やはりその者が死んだと考えるのが妥当でしょうか?」
相変わらずコヴィータは笑顔を絶やさない。
「それは可能性の一つに過ぎないわ」
これまで、世界の何処にいても感じる程の力の持ち主をヴァヴィエラしか知らなかったからだとコヴィータはいう。
ヴァヴィエラとは別人ともなれば、常に力を他人に感じさせるのではなく、感じさせないように操る事が出来るのかもしれないと。
「ネムレシア様も感じなくなったと仰ってました」
実のところ、コヴィータの仮説はアミネ自身も考え、ネムレシアに話していた。
しかしわざわざそんな自己主張を、大先輩のコヴィータを前にして披露する必要はないと黙っていたのだ。
「まだあるわね。魔女は生きていて、特に力を表に出さないように出来る訳でもない場合ね」
「それは…?」
「力を消失してしまったとも考えられるんじゃないかしら?」
それは決して荒唐無稽な話ではない。
急に力を失うことは、呪術師には珍しくないのだ。
それは例えば年齢的に使い果たした、精神的に使えなくなった、急に力を使い過ぎた、子供を産んだ、等々。
「まあその場合はもう魔女ではないから、そう呼ぶのは失礼かしらね」
それが一番良いのではないだろうかとアミネは言った。
命を落とした訳ではなく、強大な力だけを失った。
世界中の呪術師から存在を監視される事もなくなり、その方が穏やかに暮らしていける。
「だけど、どれが正解かなんてのは、ここであれこれ話していたって分かりはしないのよね」
だからこそアミネが行かなくてはならないのだ。
魔女なのか人間なのか、実際に会わなくては分からない。
「ですが、もしも彼女に会えたら、私はどうすれば良いのでしょうか?」
亡くなっているなら墓に花でも手向ければ良い、力を失ってしまったなら友達にでもなれば良い、問題は最悪の場合。
「魔女だったらって事ね。そうね、あなたに決断させるのはいけないわね。責任を丸投げだなんて、年寄りのする事じゃない」
だから、とコヴィータは口を開く。
「はっきり言うわ、殺しなさい」
アミネの心臓が、きゅっと縮まった。
「そんな力を持った者は、世界に弊害しかもたらさないわ」
魔女が自身の力を悪用するつもりかどうかは問題ではないとコヴィータはいう。
そんな強大な力が存在する事こそが、世界を破滅に導く兆しなのだと。
「そんな、殺すだなんて、私…」
「あら、いるんでしょう、護衛の剣士が?
彼らにやってもらえばいいじゃない」
もう一度、アミネの心臓がきゅっと縮まった。
「話は変わるけど、ネムレシアにも会いに行くのかしら?」
コヴィータの問いにアミネは頷いた。
「魔女の件、ネムレシア様ともお話しさせて頂きましたから、目的を果たした後にでもコルスに寄ってみようかと」
ふと、コヴィータの笑みが消えた。
「ネムレシア、彼女はいまだに野心の塊ね。呪術師の地位を向上させたいとか何とか、熱っぽく語っていたわ」
「素晴らしいことです。消えゆく存在の私たちが、もう一度脚光を浴びる事が出来るように尽力して下さっている。世界中の呪術師がネムレシア様に感謝すべきです」
「彼女には気を付けた方がいいわ」
「何故でしょう⁈」
アミネの語気がやや強くなった。
「勧誘されるかもしれないわよ。仕事を手伝ってくれって」
「え…わ、私なんかがネムレシア様のお役に立てるはずがありません…」
「そうかしら? 私はあなたが優秀な呪術師だと思ったわ。きっとネムレシアもそう思ってるはずよ」
顔が火照り、身体が固まった。
もちろんコヴィータに優秀だと言われたのは嬉しいが、ネムレシアも自分をそこまで評価してくれているかも知れないと聞いたら、踊り出したいくらいに嬉しかった。