第13章「クンザニ、帰らず」【10】
こうして後は主人の帰りを待つだけだとヒリテンは気楽に考えていた。
ところが、いつまで待ってもエギロダは帰ってこないのだ。
何日も何十日も、どれだけ首を長くして待っていても、主人は戻らなかった。
それだけではなく、本城からの支援も止まってしまった。
要塞は急激に衰えていった。
これまでエギロダの圧力で従っていた者が、次々に姿を消していく。
そんな部下たちにヒリテンがどうのこうの言った所で影響はほとんど、ない。
貯蔵していた物資も底を尽きかけていた。
終わりを感ぜずにはいられなかったヒリテンである。
リャガ隊、ツヴォネディ隊は共にルーマット村へ帰ってきた。
クワンとルジナを救出出来た事は、良い知らせであった。
だがソエレを奪われ、彼女と仲の良かったクンザニが亡くなった事に関しては、二人の悲劇を嘆くほかなかった。
ソエレはコルス本城へ連れて行かれた可能性が高いとして、彼女の奪還は諦めざるを得ない。
それはテネリミの進言にもよる。
この件でこれ以上犠牲者を出すわけにはいかないと、彼女ははっきりとガーディエフに伝えたのだ。
クワンとルジナは、ただただ心に深く傷を負っていた。
元気なのはヌウラだけで、彼女の明るさが誰にとっても頼みの綱であった。
ガーディエフとビルトモスは協議を重ねている。
ここルーマット村から撤退すべきかどうかを。
もう一度、呪術師を奪いにくるとは考えにくいとビルトモスは言う。
コルスが国として他国の呪術師を連れ去っている事は、国際的に見ても到底許される話ではないのだ。
かといってガーディエフ軍も逃亡の身である。
どこかに駆け込んで非道を訴えるなども出来そうにない。
ただコルス国はガーディエフ軍の事情を知らないから、これ以上手を出してこないと考えられるのだ。
しかし、コルス軍にこちらの居場所が筒抜けなのも考慮せねばならない。
万一、という事も考えられる。
監視を増やしてコルス軍の接近に備えるという事で、様子を見ると決まった。
「力不足も甚だしいわね。私は何も出来なかった」
自嘲するテネリミを、ミジャルは慰めようともしなかった。
「あの時、ヌウラの力が蘇ったと考えていいんだよな?」
「他に考えられる? 呪術師は意識を失って、私たちに敵対していたエギロダの部下やコルス軍が協力的になったのよ。そんな真似が出来る人がヌウラ以外にいたら、大変だわ」
「確信はあったのか、ヌウラの力が蘇るって?」
テネリミは頭を振った。
「一か八かでしかなかったわ。リャガがコルス軍との戦闘に踏み切れない中で、クワンたちを助けるには、ヌウラに頼るしかなかった」
その結果はテネリミの思い通りに、ヌウラの力が蘇った。
「でも、予想以上だった。まさか気絶してしまうだなんて。きっと他の場所にいる呪術師も同じように倒れたはずよ」
「今はどうなんだ? また力が消えてしまったのか?」
「そうね、また何も感じなくなったわね。極端過ぎるのよ、ヌウラは」
クワンやルジナも含めて、これからどうするつもりかとミジャルは尋ねた。
「一つ考えているのは、ヌウラを呪術師に育てる事」
「呪術師に?」
「力の使い方を教えなくちゃいけないと思うの。これからも何の前触れも無しに意識を奪われたら、たまったものじゃないわ」
その為には、ヌウラ本人に話をしなければならないとテネリミは言った。
「そろそろ自覚させなきゃね。自分がとんでもない化け物だって」
「化け物って…」
「もちろん、本人にはそんな言葉を使わないけど。どう、反対?」
ガーディエフ軍に連れ去られたばかりの頃なら、一も二もなく反対していたと思われた。
「ヌウラが世界中の呪術師に影響を与えるというのなら、それは危険な事だと思う。ヌウラが自分の身を守る為に力の使い方を覚えるのは、反対しない」
テネリミは穏やかな笑みを浮かべた。
「何だよ?」
「いいえ、大人になったなあと思っただけよ」
「馬鹿にしてるのか」
「まさか」
ヌウラの成長にはクワンやルジナの協力が不可欠だが、いまの彼女たちには心の傷を癒す時間が必要だとテネリミは思った。
これからますます忙しくなるが、全て乗り越えなくてはならない、そう心に誓うテネリミであった。
ラズベリークエスト 第三幕〜呪術師狩りと賞金稼ぎ 【完】