第13章「クンザニ、帰らず」【8】
その日は二人とも顔を背けて、一度も目を合わさぬままお茶を飲んで退席した。
次の日は顔を背けながらも、目だけをちらちらと相手の方へ向けるようになった。
翌日は、目を合わせるようになり、更にその翌日は、とうとう言葉を交わすまでになった。
「仕事はちゃんとやってるのね」
「当たり前でしょ」
だけであったが。
その翌日になると、ぽつぽつと言葉が続くようになっていた。
で、今日である。
姉とのお茶の時間をすっぽかしてまで、センティオロとかいう兵士に会いに行ったという事か。
「きちんと仕事さえやってくれれば、口出しはしないつもりでいるけど…」
「マクミン様はその辺りの免疫がございませんものねえ」
インバイの言う通りだとユーメシアも頷いた。
「インバイ」
「はぁい」
「近くにキューボがいるなら、呼んでちょうだい」
「あら、やっぱりお調べになるのですね、センティオロの事を」
「違うわよ、この国の第二王女が一般兵と逢瀬を重ねているなんて知れたら、騒ぎが大きくなるのは目に見えてる。中でも父上の耳に入るような事になったら、二人ともただでは済まない。だから、そうならないように動いてもらおうと思っているだけ」
「まあまあ、ユーメシア様はお優しくていらっしゃる」
「皮肉はやめて」
「キューボに声をかけて参ります」
一礼し、インバイは庭園から城内へ消えていった。
ユーメシアは椅子に深々と身体を預ける。
こんな時、ニマジレだったらどうするだろうかと考えていた。
リグ・バーグの南、トミア国を発ち、故郷のマセノア国へ帰る途中の三人がいた。
老練の騎士キリマックル、セメターテヨ、ヨウッシャーセンである。
マサノアからトミアへ向かう時は、もう一人いた。
この旅の主役であった通商大臣ヤーベは、トミア国で帰らぬ人となってしまった。
ヤリデルという男に殺されたのだ。
このヤリデルは、リグ・バーグ国のアッゼイラという通産大臣も手にかけていた。
ヤリデルは捕えられたものの、その身柄はリグ・バーグへ連行される事となった。
その代わり、マセノアとの交易の拡大を正式に行うと、リグ・バーグの副将軍ヘルザダットが約束してくれた。
外交としてはこれで良いのだろうが、三人はやりきれない思いで一杯である。
彼らはヤーベを護衛する事が任務であったにも関わらず、それを全うする事が出来なかった。
一体どんな顔をして故郷へ戻れば良いのか、実に悩ましい。
「今夜はコイツを開けようと思うが、どうだ?」
ヨウッシャーセンが新しい酒瓶を荷物の中から取り出してきた。
トミア国のどこかの町で買った記憶があるが、そのどこかがキリマックルには思い出せない。
「いいじゃないか、私もソイツは気になっていた所だ」
セメターテヨは殊の外、乗り気である。
「構わんよ、珍しい酒だと思って買ったんだ。大事にしまっておいても仕方ない」
キリマックルの返事を待たずして、既にヨウッシャーセンは酒瓶の栓を抜いていた。
小さな火を絶やさぬように気を付けながら、彼らは酒を酌み交わす。
「薪を集めなくてはならんな」
「少し道を外れて林でも探すか」
「それより食糧が底をつきそうだ」
「それは困った。我らジジイどもが、さらに痩せ細ってしまうぞ」
「水も少ない。干からびるのが先かもしれん」
「違いない!」
皆、好き勝手に喋ってはいるが、心がスッキリと晴れた訳ではない。
「なあ、キリマックル」
「どうした?」
「このまま帰って、ヤーベ殿のご家族に何を伝えれば良いんだろうな」
いつになくセメターテヨが真面目な面持ちである。
「我らが役立たずだった事を、素直に謝るしかないだろう」
ヨウッシャーセンがコップに残った一滴をすすりながら答えた。
「いや、我らの事などどうでもいいかも知れん。ご家族が知りたいのは、ヤーベ殿自身の話だと思うが」
「それは一理ある。ヤーベ殿がどのように、今回の功績を成し遂げたのか、それを話してやらんと」
そこで話が途切れてしまった。
三人とも、何かを思い出そうとしているようだ。
「おい、待て」