第13章「クンザニ、帰らず」【7】
気付けば、鎧の兵士は兜を脱いでいた。
歳の頃は自分と同じだと分かる。
横顔を見て、美しいと感じた。
男の顔を美しいだなんて、初めての事であった。
「申し遅れました。私の名はセンティオロ。入隊して二年目ですが、やる気だけは誰にも負けません!」
彼は徐にマクミンの方へ顔を向け、自己紹介を始めた。
「仕事をサボっておいて、やる気があるって言われても、納得出来ないわ」
センティオロが正面を向けてきたと同時に、マクミンは顔を逸らした。
「ああ、なるほど。職場から脱走したのですから、間違いなくサボりですね」
センティオロは、ずっと笑顔だ。
きっと軍隊で笑顔でいる事を強要されていたのだろう。
王家の姫を前にして、仏頂面なのはよろしくないとかなんとか言われて。
「それではサボりはこの辺にして、そろそろあの庁舎前へ戻りましょうか?」
「…」
「マクミン姫?」
「あそこへ戻りたいとは思わない」
「ふむ」
「他に無いの、あなたがよく行く場所」
するとセンティオロはまた兜を被った。
そしてマクミンに右手を差し出す。
「もちろん、ここだけではございません。ご案内いたします」
自分でも何を言ってしまったのだろうかと思ったが、その手を拒否する気にもならなかった。
マクミンがセンティオロと共に本城へ戻ったのは日が沈む一歩手前であった。
入り口で待ち構えていた姉のユーメシアは、マクミンの手首を強く握り、自らの部屋に連れ込んだ。
何があったかを聞く前から、ユーメシアはカンカンである。
「どこまで遊びに行ってたのかしら?」
「遊び、いえ、あの、目の前で暴動が起きて、すぐにセンティオロが助け出してくれて、避難したのよ」
「避難なら本城よね? 私が聞いたのは、どこまで遊びに行ってのか」
ユーメシアが怒るのも無理はない。
一部民衆が騒ぎ立てたのは事実なので、避難したまま戻らなかったのは、まあいいとして。
今日のマクミンの公務は、これ一件だけではなかったのだ。
他に三件。
妹が戻らない旨を聞き付けたユーメシアは、自身も一日中公務があったにも関わらず、マクミンが赴くはずであった現場や会場へ時間を短くして顔を出した。
あっちへ行き、こっちへ行きの繰り返しで、さすがの長女もクタクタになった。
「日没を過ぎても戻らなかったら、捜索隊を出してもらう所だったわ」
「大袈裟じゃない? 正規兵と一緒だったんだから」
「どこに行ってたか、答えなさい」
マクミンは、スッと息を吸った。
「最初は高い丘の上だったわ」
「…は?」
「そこでこの街を見下ろして、次はケシューマ河の上流へ向かったの」
「あんな方まで」
「こっちだと濁ってるけど、上流はとても水が澄んでいて綺麗だったわ。だから、センティオロと二人で裸足で水に入っちゃった。水は冷たくて、とても気持ち良かった」
「もういいわ」
「最後はチーガ湖よ。子供の頃に見た時も大きいと思ったけど、今見ても大きいと思ったわ。ほとりに食事や休憩が出来る小屋があったから、そこでセンティオロと二人で過ごしたの。小屋で働いている人はびっくりしていたけど」
「もういいって言ってるでしょう!」
「何よ、姉様が答えろって言うから話したんじゃない!」
二人の声は大きくなり、廊下にまで響いていた。
その声が届いたのか、諜報員のキューボがそそくさと部屋の前までやってきた。
「王家の姫としての仕事もしないで、本当に遊び呆けていたなんて、心の底からがっかりしたわ!」
「私だって頑張っていたじゃない! 本当はやりたくなかったけど、姉様一人にやらせるのはいけないと思って! だけどずっと鬱憤が溜まってたのよ! だから、今日一日くらいいいじゃない!」
二人の言い争いはしばらく続いた。
廊下で聞き耳を立てていたキューボは、やれやれと頭を振って、その場から立ち去った。
翌日からマクミンはこれまで通り公務に勤しんだ。
ただ、十日ほどはユーメシアと言葉を交わす事はなかった。
その状況をまどろっこしいと感じたインバイが、二人を無理矢理お茶の席に着かせたのだ。