第13章「クンザニ、帰らず」【5】
クルル・レア国本城レジョメコウ。
正面の入り口から中へ入り、大広間の中央を右に折れると、庭園へと続く扉がある。
この庭園は城内なのだが、吹き抜けで屋根も無いので、天気が晴れの日は陽の光が降り注ぐのだ。
いつもなら、ここで第一王女のユーメシアと第二王女のマクミンがお茶を楽しんでいるのだが、今日に限ってはユーメシアだけであった。
「おや、本日は待ちぼうけでいらっしゃいますか?」
侍女のインバイがお茶の準備をして持ってきてくれたのだ。
「インバイ…」
「はい」
「その割には、カップは一つだけですのね?」
インバイが持つお盆には、確かにティーカップが一つしか乗っていなかった。
「あらまあ、私とした事が! 嫌だわ、年のせいかしら」
その口調はいかにも白々しく、ユーメシアは疑いの眼を彼女へ向けた。
「もう、そんな小芝居は必要ないから。マクミンは何処へ行ったのか、教えてちょうだい。ちなみに、部屋にいないのは確かめてあるから」
するとインバイは顔中の皺を楽しげに歪ませた。
「あらあら、小芝居はユーメシア姫も同じではございませんか?」
「何の事かしら?」
「既に姫様の頭の中に、答えは出ていらっしゃるのでございましょう?」
「本当に、そこへ?」
ユーメシアは目を丸くした。
自分の予想が違っている事を期待していただけに、その失望は大きかった。
「決してマクミン姫の後をつけたって訳ではありませんがね、外出なさる所はお見かけしたものですから」
ユーメシアは黙っている。
「私めは、マクミン姫を生まれた時から知っているのですが、あんなに目を輝かせて頬を上気させた姫様を見たのは初めてです。だから、間違いないでしょう」
その間に、インバイはユーメシアの前にカップを置き、お茶を注ぎ終わっていた。
「なんて事なの…」
第一王女の口からは、長いため息が幾度となく漏れている。
「インバイ、あの子は本気だと思う?」
「はて、決してマクミン姫のお心を確かめた訳ではございませんが、姉姫様とのお茶の時間をすっぽかしたのですよ? どうにも待ちきれなかったのでしょうねえ」
吹き抜けを見上げた先には、建物に切り取られた小さな青空があった。
「そんなにご心配でしたら、キューボ様にでもお声をかけてみたらいかがでしょう」
キューボは老練の諜報員で、ユーメシアたち王女のわがままにも付き合ってくれる。
「やめてよ、そんな下品な真似はしたくないわ」
「左様でございますか」
そう言ってインバイは大広間に繋がる扉まで下がっていく。
「でも、そうね、こういう事が何度も続くようなら、そういう事も考えなくちゃならないかも。もしもお父様に知られたら、大事になるのは目に見えてるし」
十五日ほど前の事である。
第三王女ニマジレはトミア国で行われる会合に出席する為、長く国を留守にしていた。
国の公な行事、フリエダク王が出席する程ではないものに関しては、王女が代わりを務める事になっている。
ただニマジレがいないせいで、それらの公務をユーメシアとマクミンの二人でこなさなければならないのだ。
長女ユーメシアは割り切っていた。
いずれこの国の女王になると彼女自身で決めているのだから、この程度で音を上げる訳にはいかないのだ。
だが、もう一人、二女マクミンはすっかり音を上げていた。
「毎日毎日、よくもこんな引っ切り無しに王族を呼び付けてくれるもんよね! なんだかんだ言って、こっちに何の遠慮もありゃしないじゃない!」
北で南で東で西で、各種様々な行事が催され、王女は引っ張りだこであった。
姉のユーメシアや妹のニマジレと違って、マクミンは人前に出るのが好きではない。
むしろ、大嫌いなのだ。
基本、笑顔で手を振るだけの業務内容なのだが、それすらやりたくない。
当然、彼女の精神的な苦痛は積もりに積もって、今や爆発寸前といった所だ。
「ねえ、ニマジレはまだ帰ってこないの⁈」
「そ、そうでございますね、順調でしたら会合も終わって帰路に就いていらっしゃるとは思われますが、何しろトミアは遠いですから、そんな簡単には…」