第13章「クンザニ、帰らず」【4】
寝たままのアミネが身体を冷やさないようにと、火を燃やし続けていたようだ。
周囲にエルスの姿が見当たらないが、しばらくすると薪となる木の枝を両手一杯に抱えて戻ってきた。
そのエルスと目が合った。
「ゼオンさん、アミネさんが…」
焚き火にばかり気を取られていたゼオンがふと我に返り、アミネの方へ顔を向けた。
「お、おう…」
ゼオンの目が潤んでいるように見えなくもない。
「あ…これって、どういう状況?」
エルスとゼオンは、アミネが倒れてからこれまでを彼女に語って聞かせた。
とにかく何の前触れもなく、いきなり倒れたのだから、ゼオンは動揺が収まらなかった。
驚いたのはエルスも同じだったが、ゼオンと比べれば落ち着いていた方である。
急いで馬車から降ろし、安静にさせる。
エルスもゼオンも、アミネが急に意識を失うなど初めて目にしたので、病気を疑った。
ただ、この近くには町どころか村や集落さえ見当たらず、助けを求めようにも通りがかりの人すらいない。
しばらく経ってみると、アミネは熱がある訳でもなく、血色も悪くない。
素人診断ではあろうが、眠っているだけのようにも見えるから、しばらく様子を見てみようと男二人は結論を出した。
「もしもこのままずっと目を覚まさないっていうなら、アミネを荷台に乗せてウベキアへ行くしかないって思ってたんだ」
そういう心づもりでいたのなら、二日目で意識を取り戻したのは、ずっと安心出来るというものだ。
大したこともなさそうだと。
「二人とも、心配かけたわね」
「いやあ、いいんだ。目を覚ましたってんだから、何も言うことはねえ」
アミネはしばらく考えた後、こう言った。
「病気じゃないって思うけど、別の原因なら心当たりがあるの」
それはアミネが東を目指して旅に出た理由、強大な力を持った呪術師が存在するからである。
倒れたのも今回が初めてではないと彼女は言う。
「その時は自覚があったの。息苦しくなって、眩暈もして。それから、とんでもない重圧をかけてくる誰かがいるって」
そしてその場で倒れたのだと。
「今回は、そんな症状も無かった。自分が倒れたって覚えも無いの」
おそらく、今回の方がより強い力が使われたのだとアミネは推測した。
「私だけじゃなく、きっと世界中の呪術師が私のように倒れたんじゃないかしら。ンレム様やヒャジャ・バーグのみんなが心配だわ」
アミネは馬車に乗っていて、気を失った。
他の者はどうだろう、たまたまベッドで休んでいたなら眠りが少々長くなっただけで済んだだろう。
しかし、例えば歩いていた、馬車ではなく馬に乗っていた、湖を泳いでいた、細い橋を渡っていた、こんな時に気を失ったら怪我をしてしまう可能性は低くない。
アミネは手を組んで目を閉じた。
懐かしい顔も、見知らぬ誰かも、世界中の呪術師が無事てあるようにと祈りを捧げたのだ。
翌朝、三人は出発した。
トズラーダも休養十分となり、ご機嫌に馬車を引っ張っていく。
相変わらず荷台には乗せてもらえないエルスとゼオンは、馬車の後ろから並んで歩いている。
「あんな事は二度と起こらないでもらいたいもんだな」
ゼオンはそう願うが、エルスは違った。
「アミネさん曰く二回も気絶してんるですから、三回目、四回目があると心構えをしておいた方がいいんじゃないですか?」
「そ、そうかよ…」
彼らが目指すはウベキアの町。
ホミレートとは比較にならないほど活気があり、美味いものが安価で食えるし、人の流れも盛んなのだとか。
バド国首都ヒャンゾム。
その外れに畑が延々と広がっていた。
ここだけを見ると、数年前まで土地が死んでいたとは信じられない。
それほどまでに回復してきたという事。
そこを騎士ピルセンが訪れていた。
トミアから戻って来た彼は、師匠マスグを訪ねてきたのだが、畑ではなかなかその姿を見つけられない。
そんなピルセンを出迎えたのは、マスグの娘であった。
「あら、ピルセン様にも言わずに出発しちゃったのね、お父さんったら」
「一体、どちらへ…旅行ですか?」
「いいえ、どこか厳しい顔付きだったから、お仕事なのかと」
既に隠居の身のマスグに、どんな任務が課せられたというのか、ピルセンは首を傾げた。