第13章「クンザニ、帰らず」【1】
どういう命令だ、バドニア兵が勝ったら呪術師を渡すとは。
ライーヴ以下百名の兵士は、何もせず本城へ帰れという事か。
何も持ち帰らず、ただヨウルの亡き骸だけを墓地まで運べというのか。
「馬鹿馬鹿しい」
大きな声は出さないが、口にせずにはいられなかった。
本城からの命令は、必ず呪術師を連れて帰れというものだった。
それは当然ヨウルも承知している。
それを、自分勝手に一対一の賞品にするなど何様のつもりか。
そう憤るライーヴだが、他の兵士たちはこの戦いを喜んでいる。
自分一人のみ反対などしても通るはずがないと諦め、見守るしかなかった。
クンザニとて誤算はあった。
エギロダを追いかけてきた先に、こんな大きな部隊が待ち受けていようとは。
しかもあっさりと発見され、早々に捕まってしまう。
これでソエレを助けようだなんて、どんな顔をしてツヴォネディに言ったのか。
何も出来ずにコルス兵に殺されて終わりかと思っていた。
だが、期せずして好機は訪れた。
相手の大将が一対一の決闘を提案してきた。
これに勝てば、ソエレを返してくれると大将は誓った。
本気かどうかは分からないが。
とはいえ、こちらに拒否という選択肢は与えられていない。
戦うしかないのだ。
そして、ソエレと共に仲間の元へ帰る。
囃し立てる部下をなだめ、静かにさせたヨウルは、剣を地面と垂直に立てる。
一方のクンザニは腕を伸ばし、剣を地面と平行に保つ。
じり、じりとクンザニが少しずつ足を前へと運ぶ。
その間、ヨウルは微動だにせず。
両者の間合いが詰まった所で、クンザニは足を止めた。
一息、入れる。
ひゅん、ひゅんとクンザニは素早い突きを二発放り込む。
それをヨウルは剣で捌き、自身は横へ移動した。
そこはクンザニの真横であった。
その速さにクンザニは驚いた。
右足を軸に身体を回転させ、クンザニは勢いのまま水平に剣を振る。
だが、振り切れなかった。
ヨウルの剣に止められ、そこから全く動かせなかったのだ。
クンザニは一旦剣を引き、もう一度力任せにヨウルの剣にぶち当てた。
だが、ヨウルの剣はそれでもびくともしなかった。
ヨウルは自信家、というほどではない。
幼い頃から親に剣の手解きを受け、学校に通い出すと本格的に剣技を習い、軍に入隊してからも地道に腕を上げてきた。
決して一気に階段を上り詰めた訳ではなく、勝った負けたを繰り返して一段ずつ着実に上を目指した。
周りからいくら地味だと笑われようと、お前の実力はその辺りまでだと決めつけられようと、折れたりはしなかった。
だから騎士の称号を賜った今でも、上には上がいると自分への戒めを失わなかった。
ヨウルは自身が階段のどの位置にいるかを、冷静に見極めていた。
長い付き合いの中で、ライーヴはその事を何となく理解していた。
騎士になっただけで、自分は頂点に立ったと勘違いをする者を幾人と見てきた彼女だが、ヨウルはそんな連中とは一線を画すと確信している。
そこまでは尊敬する。
しかし、自分の立ち位置が見えているからこそ、″下には下がいる“事を確実に分かっている。
その事もライーヴはヨウルから感じ取っていた。
きっと、ヨウルの目にはあのバドニア兵は自分より下だと見抜いてしまったのだろう。
だから、一対一の決闘を持ち掛けたのだとライーヴは思った。
その悪癖はこんな場所でも発揮されるのかと、先程彼女は驚いたばかりだ。
こういう点は、軽蔑する。
散々攻めを繰り返してきたクンザニだったが、ヨウルの剣を弾くどころか、揺らす事すら出来なかった。
焦りが、体力を容赦なく削る。
一方のヨウルは、涼しげな表情でクンザニを見下している。
唇が微かに動いた。
“やっぱり″とライーヴには見えた。
続いて、ヨウルが攻めに転じた。
バドニア軍にも騎士はいた。
ただ、手合わせした経験はない。
バドニアにいる当時は、きっと剣技が凄く上手いのだろう、くらいにしか考えていなかった。
間違いだった。
この圧力は何だ⁈
これが騎士という存在なのか。
一度でも手合わせを願い出なかった事を、今更に悔やんだ。