第12章「ヌウラの祈り」【10】
「うむ、それで奪い返しに来たという訳だな、たった一人で」
この間、ライーヴはこっそりと斥候に命じ、周囲にバドニア兵の姿がないか探らせた。
「彼女をどうする気だ?」
「呪術師は我が国に必要だ。いや、はっきり言えばネムレシア様が必要とされておられる」
ライーヴは驚いた。
ネムレシアの名を出してしまって良いものかと。
「ネムレシア…王宮呪術師のネムレシアの事か」
「学校で歴史の勉強はしているようだ。その通り、我が国の英雄だ」
「我々の仲間を殺したのも、ネムレシアの指示なのか?」
ヨウルはチラリとライーヴの方へ目をくれた。
事実か、という確認である。
彼女はヨウルのそばへ寄り、小声でこう答えた。
「呪術兵に実戦経験を積ませる為に、三人ほどエギロダの計画に参加させたと聞いております」
コルス側にしてみれば、戦果は上々だと言って差し支えないだろう。
他国の正規兵を数人仕留めたのだから。
「なるほど、我が新戦力の初戦の相手が君の仲間だったという事か。君にとっては残念な話だろう、お仲間の冥福を祈る」
クンザニの方へ向き直ったヨウルは、本心からそう伝えた。
「だが誓って言おう、その命を与えたのはネムレシア様ではない。現在ネムレシア様は、本国にはおられないからだ」
「他国の正規兵を殺すのは、許される事ではない。それが分かっているのか⁈」
「無論だ。例えそれが我が領土に侵入してきた正規兵だったとしても、殺してはならん」
「だったら…」
「などという決まりが記された書面が、もはや紙屑同然だとは、君は知らんようだな」
「馬鹿な、正規兵同士の殺し合いが行われるというのは、それは戦争に等しいではないか」
「その通り。戦争だよ。戦争が終わったなんて、まやかしに過ぎん。フェリノアとの大戦が一旦停まっただけで、戦争は続いている。これからも終わる事なんてあり得ない」
「フェリノアだけではなく、他の国々とも争いをしようと考えているのか?」
「この世界の全てを束ねるには、それしかないだろう」
ライーヴには、ヨウルの意図が掴めない。
ネムレシアが呪術師を欲しているなどとは、本城の重要機密である。
それをぺらぺらと他国の正規兵に語って聞かせ、なおかつ挑発とも取れる発言をしている。
「その為に、ソエレを利用しようというのか!」
「まあ、君は私の言った事全てが納得いかんのだろう。それは当然だ」
ライーヴは見逃さなかった、ヨウルの右手が自身の剣の柄を触った事を。
「クンザニ、君が彼女を救いたいという気持ちは理解出来る。しかし、だからといってこちらも″お返しします″などと素直に従う気は毛頭ない」
彼女の頭に真っ先に浮かんだのは、なぶり殺しである。
圧倒的な数に物を言わせ、単騎のバドニア兵を滅多刺しにするつもりなのか。
「顔に出ているぞ、ライーヴ」
ハッと我に帰る。
またヨウルがこちらを見ていた。
「付き合いは長いはずだが、まだ私への理解が足りんようだな」
ヨウルが剣を抜いた。
「クンザニ、抜くがいい。君の勇気に敬意を表し、一対一の戦いをやろうじゃないか」
「いけません!」
クンザニが剣を抜くより早く、ライーヴはヨウルの前に身体を割り込ませた。
「何の真似だ?」
「それはこちらの台詞です。一隊の指揮官ともあろうお方が、このような危険な真似をするなど、断じて認められません!」
「私は指揮官である前に、騎士、いや剣士だ。いくらライーヴの進言だろうと、ここは譲れん」
「相手の力量も分からないというのに!」
このバドニア兵が予想を遥かに超える剣の達人であった場合、ヨウルは苦戦するかも知れず、下手をすれば無様に敗北する可能性だってあるのだ。
するとヨウルは右腕を上げ、剣を高々と空にかざした。
「皆、聞いてくれ! 私はこれより、この勇敢なバドニア兵クンザニと一対一の戦いに挑む!」
これだけで兵の意気が盛んになる。
「そして私は誓う、もしもクンザニが勝ったなら、彼の友人である呪術師を彼に返す! もちろん皆は手出し無用だ!」
クンザニを取り囲んでいたコルス兵が離れていく。