第12章「ヌウラの祈り」【9】
要塞の方にはリャガやツヴォネディたちがいるのだから、心配はないだろうと思われた。
だからクンザニは最も大切なソエレを奪還すべく、先を急ぐ。
エギロダの要塞からさほど離れていない地点に、コルス軍の部隊が駐留している。
ナポーヒの部隊とは訳が違い、兵の数は百を超えていた。
指揮を執るのは騎士のヨウルと、副官のライーヴである。
「そろそろエギロダが到着する頃ではないのか?」
「そのはずです」
「しかしまだ影も形もないようだが」
「少々遅れる場合もあるでしょう。バドニア軍が絡んでいるのが本当なら、ですが」
ヨウル隊はエギロダとこの場所で待ち合わせていた。
エギロダが呪術師をここまで運び、ヨウルが預かって本城へ連れて行く手筈となっているのだ。
「斥候を…」
「でしたら、既に送っております」
「そうか、早いな」
騎士ヨウルは元々ネムレシアの“お抱え″であった。
彼女が外出という場合は、ほとんど彼が護衛隊長を務めている。
だが今回ネムレシアがトミア国の会合へ赴いた際、彼は護衛から外されていた。
「時にヨウル様、ネムレシア様のお出迎えには行かれるのですか?」
ネムレシアは現在トミアから本国への帰路の途中であるが、本城までの距離がほど近くなった際には、大きな部隊で迎えを送る事となっていた。
「一応、手は挙げておいたが。何故、そんな事を聞く?」
「いえ、ネムレシア様が出立された折にはずいぶんと拗ねていらっしゃったようですので、お迎えにも行かないのかもと思っただけです」
そう言って彼女は笑みを浮かべた。
「まさか、拗ねてなどいるものか」
「そうですか、それは失礼致しました」
ヨウル直属の副官として仕える事が多いライーヴは、あの当時やる気の無い表情の彼をよく見ていた。
「私はこちらでネムレシア様から依頼された任務があったのだ。拗ねている暇など無かったではないか」
とはいえ、それは今日のようにあちこちから集められてくる呪術師を“お迎え″に行くだけなのだが。
細かい雨が降り出した為、ヨウルとライーヴは天幕でエギロダを待つ事にした。
程なく斥候が戻ったと報告が入り、ライーヴが天幕を出て行った。
しばらくして天幕に戻ってきた彼女は、やや浮かない表情をヨウルに見せたのだ。
「どうした?」
ヨウルは最悪の事態を想定に入れた。
「エギロダは到着したのですが、呪術師は一人だけです」
連れてくるのは三人と聞いていた。
「何があったのだ?」
「分かりません」
「分かりません、では困る」
「本人から話を聞ける状態ではないのです」
「まさか、死んでいる、と言うのではあるまいな?」
ライーヴは頭を振った。
「生きています。しかし、壊れています」
「壊れている?」
「目は焦点が合わず、こちらの質問にもおかしな返答をするばかりで」
更には鼻血を出したようだが、それを拭った様子もないと彼女は付け加えた。
「ここまで真っ直ぐ来る事が出来たのは、幸運と言うしかないでしょう。あの様子では、彼が自分の要塞へ戻るのは無理ではないかと思われます」
本城へ連れて行き、医師に診せる方が良いのではないかとライーヴは進言した。
「それで、呪術師の方はどうなのだ?」
エギロダの方は仕方ないとして、肝心の呪術師までどうにかなってしまったのでは、ここまで来た意味が無いというものだ。
「呪術師の方も眠ったままです。いや、眠ったと言うより意識を失ったという方が合っているかも知れません」
「ふむ、それでもここまで辿り着けたのは、幸運という他ないな」
とにかく二人の様子を自分の目でも確かめたいと、ヨウルは天幕を出た。
「バドニア軍だ!」
兵の声が響き渡る。
ライーヴすぐに指揮官を庇うように、その前へ躍り出る。
ところが、現れたのはバドニア兵がたった一人なのだという。
コルス兵に囲まれて連行されてきたバドニア兵が、ヨウルの前まで来た。
「私の名はクンザニ、ここへ呪術師が連れて来られたかどうかが知りたい」
「それを知って、どうする?」
「彼女は私と同じバドニア人だ。自分の意思に沿わず、無理矢理拐われたのだ」